64話 回想:説明
「災難だったな」
その声にカズヤは「あ、はい」と応えた。
間抜けだとは思うが、反射的に口をついて出たのはそんなものだった
男もそこを突っ込んだりせず、カズヤをしげしげと見つめる。
「なんか、大変みたいだったな」
「……ええ、まあ」
「調子が大分悪そうだったけど、今はどうだ?」
「あ、それはもう……」
「大丈夫か?
ならいいんだけど」
「はい、まだ少しだるいですけど」
それでも今までよりは良い。
比べようもなほど。
「そりゃ取り憑かれる前よりは良くなるだろうさ。
むしろ、今までが大変だっただろうけど」
一緒にいる女も同じような事を言ってくる。
「あの、どういう事ですか、それって?」
「ん、まあ、あれだ。
今、俺が引きはがしたのを見ただろ?」
「はい、花みたいなの……ですよね」
「そうそう。
それに今まで色々吸い取られてたんだよ、お前は」
「今まで体の調子とか悪かったんじゃない?
その理由があれなのよ」
女からの補足もあって、意味を理解し始める。
「じゃあ、俺って悪いのに憑かれてたんですか?」
夏の怪奇現象特集番組みたいな話だった。
それでも納得してしまうのは、先ほど実際に目で見たからだ。
今の自分の調子が、少し前と比べものにならないほど良かったのもある。
何があったのか分からないが、何かが変わったのは疑いようがない。
それが目の前の二人が説明してるような事であってるのかは分からないが。
だが、他に情報は無い。
それが嘘でも何でも、カズヤはとりあえず信じる事にした。
自分にのしかかっていたらしい花のような存在は確かに見たのだから。
そんなカズヤに男の方が更に声をかける。
「それで、この後時間があるならちょっといいかな?」
「え?」
「説明しておきたい事があるからさ」
それが何かの勧誘になるかもしれないとは思った。
世の中様々な詐欺の手口があるとも聞く。
多少は警戒心が芽生えてくる。
だが、何を判断するにしても情報が足りない。
「いいですけど……」
消極的に承諾する。
これが滝口ノボルとの出会いとなった。
話し合いの場所は、近くに停めてあったワゴン車の中になった。
「悪いな、こんな所で」
「いえ、べつに」
「気にしないでくれるならありがたいけど」
「ええ、まあ」
気さくに話しかけてくれるのはありがたい。
ざっくばらんすぎる気もするが。
しかし、何年も続いた対人関係の喪失のせいで、どう返していいのか分からない。
どうしても返事が適当なものになってしまう。
相手は気にしてなかいようなのが救いである。
「それで、お前さんに取り憑いてたのだけど。
まあ、化け物だわな」
「はあ……」
カズヤの返事や反応もろくろく確かめずに話しが始まっていく。
一方的であるが、それもありがたいと思えた。
会話しながらだと、どうしていいか分からなくなっていくので。
助手席で女が「ちょっと」とたしなめてるが、全く気にした様子もない。
カズヤとしてもそんな語り方の方がありがたいので、そのままでやって欲しかった。
口に出して言うことは出来なかったが。
ただ、その後もノボルの説明はそのまま続いていく。
それらを後部座席でカズヤは黙って聞いていた。
「よく分かってないんだよ、あれが何なのかは」
化け物の説明はそこから始まっていった。
「どこから来て、どういうつもりで動いてるのか。
そういうのは全然分かってない。
これっぽっちも」
「出会ったら取り憑いてくるか殺しに来るかだしね」
助手席の女も説明をしてくれる。
「だから、出会ったら倒すしかない。
で、倒したら消えて行くから、残ってるものから調査する事も出来ない」
「そもそも、化け物をしっかり見る事が出来る人がほとんどいないから」
「だから、なんだ。
司法解剖って言うのか?
そういう事をして、あれがどういう風に出来てるのかってのも調べられないんだよ」
二人の話はこんな調子だった。
「分からない」が何度も出てくる。
それだけ化け物について不明な事が多いのだろう。
「ただまあ、習性みたいなのは幾つか分かっててね」
「普通は見えない、見えたら襲ってくる────とかね」
「ほとんど、今までの行動から予想してる事だけど。
でも、これくらいしか分かってない」
「分かってる事も、今言ったように『今までこうだった』ってのがほとんどなんだけどね」
ほとんど不明瞭な事ばかりなのはカズヤにも分かった。
「それじゃ、何にも分かってないって事なんじゃ……」
「そういう事」
あっさりとノボルは頷いた。
「けどまあ、幾つかはっきりしてる行動パターンからするとだな」
そこで言葉を止める。
なんとなく空気が重い。
というか硬い。
言いにくい事なのだろうか、と思った。
「まず一つ。
さっきも言ったけど、見えてると襲ってくる」
「はあ……」
「化け物ってのは、自分が見えてるかどうか分かるらしくてな。
普通は無造作に襲いかかるみたいなんだけど、自分が見えてる奴がいるとそっちに向かってくる」
「言いたくないけど、君ってあれが見えたよね?」
「ええ、まあ……」
確かに先ほどははっきりと見えた。
何故なのかはわからなかったが。
だが、それでカズヤも言いたい事を理解した。
それと同時に血の気が引いていく。
「あの、それって事は」
「そういう事」
ノボルがカズヤの言いたい事を察して返答をする。
「これから君は狙われる事になる。
優先的にね」
絶望的な気分に陥っていった。
「まあ、見えるって事はそれなりに対応も出来るんだけどね」
落ち込みはじめるカズヤをよそに、ノボルは説明を続ける。
「見える状態になってると、こっちもあいつらに手を出せるようになる。
さっき俺がやったみたいに倒す事だって出来る」
「さっきみたいに……ですか?」
とてもそんな事が出来るとは思えなかった。
カズヤはややられっぱなしだった。
反撃もまともに出来ていない。
なのに、倒す事が出来ると言われても信じる事が出来ない。
「すぐには無理だろうさ」
そこはノボルも認めている。
「けど、それが出来る出発点には立っている。
あとは修行次第って事だよ」
「はあ……」
そう言われて少しだけ納得出来た。
何の準備もなく何かが出来るとは思えない。
何かしら学習なり練習は必要だろうとは思った。
「だから、君にそのつもりがあるならやってみないかなって思って」
「……修行を、ですか?」
「そういう事」
「損は無いと思うよ」
助手席からも促すような声が出てくる。
「この先何かしら狙われる事もあるだろうし。
少しだけでもやり方をおぼえておいた方がいいんじゃない?」
否定は出来ない。
今の話を聞く限りではその通りだと思う。
「この先、さっきみたいに境界に引きずり込まれる事もあるだろうしな」
知らない言葉が出てきた。
「キョウカイって、なんですか?」
「ああ、化け物がいる場所っていうか、なんていうか。
俺らがそう呼んでるだけなんだけど」
「さっき、化け物以外に人が全然出てこなかったんだけど、おぼえてる?」
「ええ、まあ」
何かしら異常なのは感じていた。
「化け物と接触するとね。現実とは別の空間ていうか場所が作られちゃうみたいなの。
で、化け物を倒すまで抜け出せなくなるのよ」
「場所っていうのもおかしいけどな。
なんていうか、結界っていうのかな。
そういうのに無理矢理閉じ込められるって感じかな」
心霊現象やオカルトみたいな話しだった。
「そういうのに引きずりこまれた時に、どうにか出来るようになっておいた方がいいと思うんだよ」
「ああ、まあ確かに……そうですよね」
否定は出来ない。
カズヤとてこのままでいられるとは思ってないのだから。
「それで、もう一つ理由があってな」
「え?」
まだあるのか、と思った。
「お前さん、さっきのに取り憑かれてからどれくらい経ってる?」
「え、ええっと、その、分からないです」
言われてもいつからなのかは分からない。
そもそも、目で見たのはさっきが初めてだ。
「はっきりとは分からないだろうけど、たとえば体調が悪くなったのはいつからとか。
運が悪くなったとか、人に避けられるようになったとか。
お家の中の雰囲気とかも悪くなってない?
そういうのが始まった時期とかが、だいたい化け物が取り憑いた兆候なの」
助手席からの説明で、カズヤは更に血の気が引くのを感じた。
思い当たる節がいっぱいある。
記憶がさかのぼり、全てが悪化した日に向かっていく。
その様子を助手席の女が察する。
「何か知ってるのね?」
「はい。
詳しい日は分からないですけど、小学四年くらいから」
「「四年?!」」
二人が驚いた叫んだ。
「四年て、お前、ちょっと待て!」
「ねえ、あなた今いくつなの?
何年生?」
相当慌てた声で二人がまくしたててきた。
その勢いののまれそうになったが、かろうじて答える。
「えっと、いま中学一年です……」
「って、じゃあ三年もこんな状態だったのか?」
「はい、そうなります……」
「よく生きてたわね……」
二人にとって相当驚くような話しだったようだ。
「でも、それだとかなりまずいかもな」
ノボルの声が固くなっていく。
「カズヤ……だっけか?
悪いけど、お前の家までつれてってくれ」
言いながらエンジンをまわしていく。
「もう一つの方、厄介な事になってるかもしれん」
その言葉に、カズヤは不安をおぼえていった。
続きは明日の17:00予定。
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