62話 きっかけ → 回想
「大丈夫……ってわけねえか」
かけられたのはそんな言葉だった。
何が起こったのか分からない。
気がつけば何かに追われ、いつの間にか終わっていた。
実際にはそんな簡単な事ではなかったが、まとめるとそんな感じになる。
目の前にいる男が全てを片付けてくれた、というのも加えて。
「災難だったな」
その通りだった。
家に帰る途中、体調が悪くなっていた。
立ってる事もままならず、道路上だというのに座り込んでしまった。
それすらも難しく、地面に倒れ込む。
冬という事もあってか、アスファルトは異様なほど冷たく、体温が一気に吸収されていく。
これはまずい、と本能的に感じた。
だが、体は動かない。
声も出せない。
頭も体も痛い。
風邪でもひいたのかと思ったが、それとは症状が違うように思えた。
もっとも、体調の悪さは慢性的ではあった。
小学校の高学年に入った頃からだろうか。
それまでさして病気にもかかっていなかったカズヤであるが、その頃から体調が悪化していった。
微熱は常につきまとい、まともに頭を働かせる事が出来ない。
体も常にだるさがまといつき、外で体を動かす事も億劫だった。
もとより成績や運動が出来るというわけはない。
それでも標準程度の能力は示していた。
しかし、その頃から全てにおいて低迷が始まっていった。
小学校でありながら、テストは最低を示し、運動もろくろくできなくなっていく。
友達はいたが、一緒に遊ぶ事もつらく、だんだんと疎遠になっていった。
医者にかかっても原因不明で処置しようが無く、やむなく可能な限り養生をするようになる。
とはいえ家もごく普通の一般家庭。
栄養のあるものをとろうにも、値のはるものが得られるわけもない。
やる事と言えば、家に帰って可能な限り横になってるくらいだった。
せめて出されたものを食べられれば良かったのだが、体の調子が悪く食欲がわかない。
口にしても一定以上の量を食べると吐いてしまう。
そんなわけで運動不足にも関わらず太ることもない。
むしろ、ガリガリの細身に近い体型になっていった。
これだけでも悲惨であろうが、周囲の状況は更に悪いものだった。
一般家庭、と言えば一応そうなのだろう。
父と母と、弟に妹。
カズヤを含めた五人の家族は、どこにでもあるような家庭……だった。
しかしカズヤが体調を崩す一年ほど前から全ての雲行きがあやしくなった。
父親は仕事から帰ってくるのが遅くなり、母親は近所でのパートに出始めた。
詳しい事を聞かされる事はなかったが、この頃から父の努める会社の状態がおかしくなったようだった。
給料が減り、その補填として母が仕事に出るようになったのだろう。
カズヤと弟は小学校に上がっていたからそれほど手はかからなかった。
ただ、妹はまだ幼稚園に通っている時期だったので、その世話が面倒ではあった。
それでもカズヤと弟で、学校帰りに妹を迎えにいったりしていた。
そんなところに、突然のカズヤの体調不良である。
家庭の負担は一気に増した。
そんな状況が続いていくうちに、カズヤがイジメにあうようになった。
理由は特にない。
少なくともカズヤが誰かを害そうとした事は無かった。
やる理由がなかったし、体調が悪くてそれどころではなかった。
しかし、周囲はそうではない。
弱い者をみれば虐待したくなる輩はどこにでもいる。
それらに目をつけられたのが不運としか言いようが無い。
学校に持って行った道具を隠されるところから始まり、嘘八百の出鱈目を吹聴されていった。
見えないように殴る蹴るといった暴行が加えられ、更には校舎裏などの見えない所に連れ込まれての暴行にもなった。
目に見える怪我を負う事もあったが、教師は見ないふりを通した。
それどころか、裏でイジメを推奨するような事も言っていた。
それは後に分かる事なのだが、一人を犠牲にする事で学級全体が落ち着くからだったという。
カズヤをサンドバックにする事で、他の生徒は様々なストレスを発散する事が出来る。
ただそれだけの為に、カズヤは生け贄にされた。
だが、そんな状態でも親に訴える事も出来なかった。
父親は帰宅しない日も増えていたし、母も家と仕事の両方で疲れていた。
カズヤの体調の悪さも負担になっている。
子供心にこれ以上面倒をかける事は躊躇われた。
そんな状態のまま小学校を卒業し、中学に入った。
当然ながら小学校時代の者達も、一部の私立中学入試組を除いてほとんど全てが同じ学校に通う。
陰険残酷なイジメ……いや、犯罪は更に加速していった。
体調の方もますます悪くなり、回復の兆しはまったく見えなかった。
こんな状態で日々の暴行に耐えられていたのは軌跡としか言いようが無かった。
しかし、それも冬休みに入ろうという一週間ほど前で潰えようとしていた。
もうどうにも体が動かず、路上であるにも関わらず倒れたのだ。
(もう駄目かな……)
ぼんやりとそんな事を思った。
それならそれで良いと考えながら。
少なくとも苦痛からは解放される。
それならそれでいい、と思えるくらいにカズヤは追い込まれていた。
いや、二年三年とこんな状態を乗り切ってきたのだから、相応に根性はあったのかもしれない。
救いの手がのばされたのはそんな時であった。
続きは明日の17:00予定。
誤字脱字などありましたら、メッセージお願いします。




