45話 トガビト → 脱出
「虫を先にやってくれ」
自ら前に出ながら指示を出す。
トガビトが気になるが、その前に飛んでる虫をどうにかしなければならない。
間に立ちふさがるので、トガビトに辿りつく事が出来なくなっている。
羽音をたてて突撃してくるのも面倒だった。
幾らかでも倒してしまえば楽になる。
言われてコウジが電動ガンを使っていく。
手近な所から、そしてカズヤとヨドミの間にいるものを狙っていく。
他の者達も、拘束して動きを封じたり、近づいてきた虫型の化け物に反撃をしていく。
カズヤは自身の身体能力を気力で強化し、虫の間を突破しようとする。
虫の方もそんなカズヤを放置しておくわけもなく、一斉に襲いかかっていく。
それらを避け、あるいは動きに合わせて攻撃して撃退していく。
後ろから仲間の援護射撃もあって、攻撃しようとした虫を阻みもした。
敵の中に入っていく不利な状況にありながら、カズヤは二匹の虫を倒した。
しかし、トガビトまではまだ遠い。
その距離を保ちながらトガビトはカズヤ達の方を見ている。
(何してる?)
能力強化の影響で上がっている視力をもってしても、相手の考えを読み取る事は出来ない
ただ、彫像のような無表情をとらえるに留まる。
しかしトガビトも何もしてないわけではなかった。
気力を飛ばし、配下の虫型に気力を送り込む。
それを受けた化け物の動きが格段に向上する。
カズヤも使っている能力強化をトガビトも使う事が出来た。
それを配下の化け物に使ったのだ。
途端に戦闘力が跳ね上がる。
先ほどまではさして苦労もしない相手だったが、素早い動きに狙いがつけられなくなってしまう。
そして化け物の攻撃が当たりやすくなっている。
威力も格段に上がっており、油断が全く出来なくなっていった。
効果時間の関係でそれほど長く苦戦するというわけではないが、次から次へと強化されていくのでキリがない。
一匹の効果が切れる前に他の二匹が強化されていくのだ。
対処出来ないほど強化された虫が増えるわけではないが、相手をしているだけで時間がかかってしまう。
その間に後続の化け物が到着するだろう。
そうなる前に目の前にいる化け物を倒すか、手が届かないところまで逃げねばならない。
ある意味分の悪い状況は何一つ変わってない。
急がないと、と思う焦りがまた余計に苛立ちを増やしていく。
とにかく、化け物をどうにかしないといけない。
その為にトガビトを止めねばならない。
迷って悩んでる時間はない。
持ってきた刀を右手で振りつつ、左手で塩を掴む。
それを目の前に投げる。
当たるわけがないが、それで良かった。
化け物達が一瞬翻ってその場から離れる。
その瞬間にあらわれる隙間を狙って走り出す。
気力によって強化されてる体がオリンピック選手を超える速さで走り出した。
カズヤの背後から射撃が飛ぶ。
まかれた塩が生み出した一瞬だけの隙は、すぐに消えてなくなる。
化け物達もすぐにカズヤに飛んでいきその足を止めようとする。
それを遮る為の攻撃だった。
コウジの連射が、他の者の飛ばした気力の塊が虫を襲っていく。
全長で五十センチを超える大きさの体を持つ虫が、それらに遮られてカズヤに到達する事が出来ない。
トガビトまでの距離は、それによって詰められた。
カズヤ達の所からトガビトまでの距離、およそ三十メートルはあるだろうか。
それを一秒余りで一気に縮める。
トガビトの目前にまで接近し、刀を振りおろす。
凄まじい速度の斬撃は、避けようとしたトガビトをとらえる。
完全にとらえる事は出来なかったが、切っ先が数センチほど体に切り込んでいった。
普通の人間なら致命傷であろう。
即死は免れても、大量の出血で程なく死ぬ。
だが、元は人間とはいえ化け物と融合してるトガビトである。
人間としての部分は深手を負ってるが、化け物としての部分が命を繋ぎ止めている。
これらも核を破壊しない限り倒れる事は無い。
それが証拠に、攻撃を受けながらも数メートルも飛び退り、なおも動こうとしている。
動きは多少鈍ってるかもしれないが、倒すには至らない。
核を砕かなければ生き続ける。
傷も核が吸い寄せる気によっていずれふさがるだろう。
そうなるまでに決着をつけなければならない。
更にカズヤは間を詰める。
今度もトガビトはそれを避けようとする。
だが、怪我が体の動きを阻害した。
例え手足でなくても、痛みを感じずにいても、体に大きな損傷があれば全体の動きに影響を及ぼす。
無意識に動かしていた部分の筋肉が動かなかったり、体を支える骨が損壊していたら平衡を保つ事すら難しくなる。
肩から胸にかけて斬られ、骨まで切られてる状態では本来の動きが出来るわけもない。
それでも常人以上の素早さで動いているが、カズヤの動きはそれに勝る。
身につけた動作とそこから繰り出される技。
気力によって底上げされた身体能力。
更に気力を刀に付与して威力を上げる。
それら全てが、詰め寄っての切り落としに集約される。
八相、あるいはとんぼの構えと呼ばれる状態からの斜めの袈裟斬り。
トガビトも気を展開して身を守ろうとするが、カズヤの威力の方が上回る。
攻めと守りの気力がせめぎ合うが、わずかにカズヤの方が上回る。
膜のように展開していた気の守りが断ち切られ、鋼の刃が体に食い込んでいく。
先ほど以上に体に食い込んだ刃は、トガビトの体を斜めに両断していった。
その途中で核に触れていく。
勢いのままに進む鋼は、気の助けもあって核を粉砕していく。
刀がトガビトの体を抜けるのと同時に、対組織の崩壊が始まっていった。
核によって凝縮されていた化け物の部分はもとより、それによって維持されていた肉体部分も。
その肉体も、地面に崩れ落ちると同時に朽ち果て、骨も残さず土塊や灰に変わっていく。
それが元々は人間であったという痕跡をこれっぽっちも残さず、トガビトは消えていく。
それと同時に、化け物達の統制が一気に失われた。
「逃げるぞ」
良いながら自転車の所まで戻っていく。
飛んでる虫は鬱陶しいが、それよりも接近してるだろう大集団の方が問題だった。
近寄ってくるものは切り捨てるが、わざわざ追いかけてまで倒す必要はない。
まずはここから更に距離をあけて化け物を振り切らねばならない。
まだ動き回ってる化け物を気力で拘束し、静かになってる間に移動をはじめる。
トガビトが倒れると、その周囲にいた化け物の動きが乱れる。
その事はたいていの者が知っていた。
だからこそ、この機会に逃げ出さねばならない。
全員、自分の自転車に戻ってその場から逃げ出し始める。
「急げ!」
化け物の拘束が解けるよりも先に一同はその場を後にした。
「へえ……」
警戒してる虫ごしにそれを見ていたものは、それなりに感心をする。
迷うことなく撤退するカズヤ達の後ろ姿を見つめながら。
一度の勝利にのぼせることなく。逃げ出せる状況になったら躊躇う事無くその場を後にする。
(思い切りはいいな)
変に悩んだり迷ったりしてない。
おかげで追いかけるのも難しい。
足の速いものを用意すればどうにかなるだろうが、それでは数が限られる。
全員で取り囲めれば勝ち目もあるが、少数を個別に当ててしまえば各個撃破されかねない。
そんな危険を冒す理由がなかった。
こうなると、逃げ出したとは言いにくい。
撤退と逃亡には、その場から退くという事において、後退するという意味においては同じかもしれない。
しかし、厳然と峻別するべき違いが存在する。
(ここまでだな)
配下の化け物どもの足を止めさせる。
費やす労力がもったいない。
今日はトガビトを一人失い、相応に配下の化け物を複数失っている。
損害の拡大は望むところではない。
トガビトを一人、二十匹ほどの配下を失いはしたが、それをそこで止めねばならない。
迂闊に追いかければ、この数字が更に悪化していく。
(そうそう上手くいかないか)
今まで相手にしてきた者達とは格が違った。
一人一人の強さも含めて。
これまでであれば、トガビト一人と三十匹の化け物をけしかければ簡単に壊滅させられたのだが。
今度の連中はそうではないようだった。
(面倒な……)
厄介な事になったと感じていた。
【修養値獲得】
総計 二千二百
続きは18:00予定。
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