3. 桃兎騎士団の人々
「勝ったよ!」
戦勝報告と共に、メルクレア達三人は観覧席へと帰還した。
時刻は夕刻。
そろそろ閉会式が始まろうかと言う時間だ。
中央闘技場にある桃兎騎士団寮専用観覧席には、試合を終えた選手たちが続々と集まって来る。
観覧席に待機していた騎士団寮の主だった面々は、吉報を抱え帰還したメルクレアを出迎える。
「お帰り、メルクレア」
琥珀色の液体が入ったグラスを掲げ出迎えたのは桃兎騎士団寮寮長、エルメラ・ハルシュタットである。
メルクレアの報告が来る前に、一足早く祝杯を挙げていたらしい。
上機嫌のエルメラは、メルクレアの健闘を称える。
「どうだった? 初めてソロで戦った感想は?」
「へっへーっ! 余裕ですよ、余裕! 機械人形なんてチョロイ、チョロイ!」
「その割には、随分と手こずっていたように見えたが?」
得意げに語るメルクレアに、監督生のライゼ・セルウェイが横槍を入れる。
ベテランの彼は、僅かな瑕疵も見逃さない。
試合を終えたばかりのメルクレアに向かって早速、説教を始める。
「相手を舐めていたな? 機械歩兵だと思って油断していたんだろう?」
「そ、そんなことないもん!」
「足掴まれて投げ飛ばされてたじゃないか。大技に頼り過ぎているからそんな事になるんだ」
「あ、あれは、わざとだもん! 観客を盛り上げるための『ぱふぉーまんす』だもん!」
「パフォーマンスにしちゃあ無様だったな」
外野から、からかうように言ったのは、去年の新人王、サイベル・ドーネンである。
ここ数戦は調子を崩していたようだが、ここでこうして憎まれ口を叩いている所を見ると今日の結果は上首尾であったようだ。
「何もあそこまで派手にぶっ壊すことはねぇだろ。観客もドン引きしていたぜ」
「……ううーっ」
「もうちょっと、エレガントに戦えないものか?」
さらに追い打ちをかけるのが、ラルク・イシューである。
メルクレアの戦い振りは、上級貴族である彼の美意識にはそぐわないものだったらしい。
「足絡みにヤクザ蹴りって、どう見たって騎士の戦い方じゃないだろ。騎士には騎士に相応しい戦い方っていうものがあるだろう」
「そんなの気にしてられないよ。いいじゃない、勝ったんだから」
「まあ、無理もないだろう」
口を尖らせむくれるメルクレアを擁護したのはヤンセン・バーグであった。
スベイレンの中でも屈指の技術者であるヤンセンは、プライドが高く他人を褒めたり擁護したりするのは滅多にない。
「あの機械歩兵、ガワは〈エレクトス〉だが中身は全くの別物だ。灰狐騎士団の技術者が一から再設計して改造したんだ。俺も開発に携わったからあの機体は良く知っている。新入生相手じゃ荷が勝ちすぎているさ」
ヤンセンは去年まで灰狐騎士団寮に所属していた。
今の話では対戦した機体を整備したのも彼だったらしい。
珍しく他人を褒めていると思ったら何のことは無い、自分の整備した機体の性能を誇っているだけだった。
「ただいま戻りました」
ヤンセンの自慢話が終ると、観覧席にミナリエ・ファーファリスが戻ってきた。
試合会場から直行して来たらしく、アンダースーツのまま着替えても居ない。
ミナリエの着ている光子甲冑のアンダースーツは激しく損傷していた。
桃兎騎士団寮のシンボルカラーで彩られているはずの表皮はボロボロに剥げ落ち、小脇に抱えたヘルメットもぐしゃぐしゃに潰れている。
いつもは綺麗に整えられている髪も乱れ、顔にも汚れとすり傷がついていた。
「どうしたのミナリエ、その恰好は!?」
ミナリエの酷い有様を見て、エルメラは慌てて駆け寄る。
心配そうに見つめるエルメラに、言い難そうにミナリエは答えた。
「……転びました」
それだけ言うと、申し訳なさそうに頭を下げる。
彼女の今日の試合は、女子限定のナイトメア・レースだった。
最高速度180マイルを超える鋼鉄の騎馬《錬光騎》は、錬光技を操る騎士であっても使いこなすのは難しい。
一たび扱いを間違えると、命を落としかねない大事故を引き起こすことになる。
アンダースーツの損傷具合から見ると、かなり派手に転んだらしい。
傷が左半身に集中しているのを見ると、転倒したのは左側からのようだ。
「貴重な機材を傷つけてしまいました。申し訳ありません」
「いいのよ。ナイトメアの一機や二機、どうってことないわ。気にしないで。それよりも、怪我の方が心配だわ。直ぐに医者に診てもらわないと。ジョシュア、ミナリエを病院に連れて行ってちょうだい」
「わかりました」
傍らに控えていた金髪巻き毛の青年が動いた。
ジョシュア・ジョッシュは桃兎騎士団寮の何でも屋だ。
書類仕事から力仕事まで、騎士団寮の雑務全般を取り仕切る彼は、桃兎騎士団寮欠かせない存在であった。
だが、少しばかり間が抜けているので、彼を頼るときは細心の注意が必要であった。
「病院まで車で行きましょう。駐車場まで歩けますか? 無理ならストレッチャーを用意しますが?」
「いや、そんな大げさな。病院なんていいですよ。たいした怪我ではありませんので……」
「だめよ。ちゃんと医者に診てもらいなさい」
子供みたいに医者に行くのを嫌がるミナリエを、エルメラが諌める。
「ジョシュア、ちゃんと診断書を受け取って来て頂戴ね。治療費はこっちで負担するから」
「かしこまりました、エルメラ様。……さ、ミナリエさん。行きましょう」
そう言うとジョシュアは、ミナリエの左腕――つまり怪我をしている方の腕を掴んだ。
「いや、本当に大丈夫ですって! ……ちょ、痛い痛い!」
「あー、ほらやっぱり。痛いんじゃないですか。無理しないでください。病院に行く前に、救護所で見てもらった方がいいかもしれませんね」
「いや、だからひっぱらな……痛い痛い!」
悲鳴をあげながら部屋を出て行くミナリエ達を見送ると、入れ違いに副寮長のアネット・メレイが観覧席に戻って来た。
「メルクレア・セシエ」
部屋に入って来るなりアネットは、メルクレアを呼びつけた。
彼女は闘技会関係者との連絡係を務めていた。
怠け者のエルメラに代わって、貴賓席で来客者たちのあいさつ回りをしていたはずなのだが、どうやら何かあったらしい。
「総督閣下がお呼びだ。すぐに貴賓席に迎え」
「総督が?」
「本日の試合での勝利を、直接会って称えたいそうだ」




