4. サプライズ・イベント
総督のいる来客者用貴賓席は、闘技場の最上階にある
騎士団寮専用の観覧席からそう遠くない距離だ。
専用通路を伝って貴賓席に到着すると、総督は満面の笑みでメルクレアを出迎えた。
「おお、来たな。お転婆娘!」
スベイレン総督。アルムガスト・レニエ・ランドルフは、いきなりメルクレアに抱き付いた。
「……ひあっ!」
情熱的なハグに、メルクレアは硬直する。
父親を知らずに育ったメルクレアは、年上の男と接するのに慣れていなかった。
総督の手は固く、まるで剣客のようにごつごつとしていた。
力強く抱きしめる総督の腕の中は――なんとなく、懐かしい感じがした。
「勝ったそうだな、メルクレア。良くやったぞ」
「は、はい! ありがとうございます」
「さあ、こちらにおいで。皆にお前の事を紹介しよう」
健闘を称えると、ようやく総督は身を離す。
メルクレアの肩を抱き、総督は貴賓席に居る紳士淑女達にメルクレアを引き合わせた。
総督の周囲には多くの貴人達が集まっていた。
闘技場の最も眺めの良い貴賓席に居る客たちは、いずれも帝国内の名士ばかりである。
「御来賓の皆さまにご紹介いたします。と、言っても皆さん既にご存知ですかな? そう! 彼女こそがスベイレンが誇る期待の新人。メルクレア・セシエであります!」
総督がメルクレアの名を呼ぶと、貴賓席から割れんばかりの拍手が沸き起こる。
このような華々しい場所に招かれるのは、メルクレアは初めてであった。
名士達の注目を浴びて、メルクレアは恥ずかしそうに頬を染める。
「開幕戦においては前年度優勝チーム橙馬騎士団を打ち破り。わが校最強の剣士と名高いゼリエス・エトを病院送りにし、そして本日は機械歩兵を相手に一対一で対戦。見事勝利いたしました。入学してから一か月余りでありながら、この絢爛たる功績は括目に値します」
淀みない口調で、メルクレアの戦績を語る。
総督は話し上手で、褒めるのも上手い。
彼の手放しの賞賛は観覧席に集まったすべての人たちに、新人選手メルクレア・セシエの名を印象付けた。
「帝国の次代を担う人材は、着々と成長しております。メルクレア・セシエの、そしてスベイレンの騎士たちの活躍にご期待ください! スベイレン万歳!」
『スベイレン万歳!』
「帝国に栄光あれ!」
『帝国に栄光あれ!』
帝国を称える唱和で締めくくると、メルクレアのお披露目は終わった。
ようやく肩の力を抜いたメルクレアに、総督が優しく語りかける。
「ご苦労だったな、メルクレア。見事な試合ぶりであったぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
「良い試合を見せてくれたご褒美だ。さあ、あっちへ行って好きな物をお食べ――お前達も一緒にな」
後ろで控えていたシルフィとミューレに声をかけると、総督は貴賓席の隅まで連れてゆく。
貴賓席の一角には長机が用意されている。
その上には来賓者達たちからの贈答品が並べられていた。
ずらりと並んだ酒や菓子、各種の果物類はいずれも高級食材ばかりである。
そのテーブルの前に、リドレック・クロストが居た。
テーブルに寄り掛かり、床の上に胡坐をかいて、ワインを喇叭飲みするその姿には、スベイレン最強の騎士の面影は無く、ただの酔っ払いであった。
メルクレア達に気が付くと、つまみに口にしていた生野菜を掲げ、こちらに向かって挨拶をよこす。
「よお、みんな」
「リドレック!」
メルクレアはテーブルからトウキビを一本取り上げると、リドレックの横にちょこんと座る。
茹でたトウキビを齧りながら、リドレックに話しかける。
「勝ったよ、リドレック!」
「知ってる。良かったな。メルクレア」
素っ気ない返事だったが、メルクレアはそれで満足だった。
他の誰よりも、リドレックに褒められることがメルクレアは嬉しかった。
「お行儀悪いですよ、リドレックさん。メルも、真似しないで」
おおよそ貴賓席にはそぐわない振る舞いの二人を、シルフィが窘める。
しかし二人に態度を改める気配は無かった。
地べたに座って物を食べるのは、新鮮でなんだかとっても楽しかった。
ぽろぽろと、食べかすを落としながらしゃべるその姿は、リスのような小動物を思わせる。
「酒なんか飲んでいていいの? 仕事中なんでしょう、一応は?」
テーブルの上に置いてあったチョコレートを頬張りながら、酩酊した様子のリドレックに向かってミューレが訊ねる。
数々の功績をあげ、新任総督から絶対的な信頼を得ている彼は、側近として重用されている。
リドレックは総督府に住み込みで、就任間もない新総督の手足となって働いている。
この貴賓席に居るのも、総督の護衛と言う名目だったはず。
酩酊した状態で務まる仕事では無いのだが、それでもリドレックは酒を飲むのを止めなかった。
「いいんだよ、どうせ仕事なんてありゃしないんだから」
「良くは無いな」
少女達の後ろから、総督が渋い顔でリドレックを見下ろす。
「私はこの大会の主催者で、お前は私の部下だ。飲むのは構わんが、来賓の皆さまのお相手をしてもらわんとな」
「僕に社交をやれと? 御冗談を」
「これはお前の為でもあるのだぞ。クロスト卿? 受勲審査が近いのだろう? 顔を売っておいて損は無いぞ」
「どうでもいいですよ。受勲なんて、興味ありません」
そう言うと、総督に見せつけるように酒瓶に口をつける。
あくまでも態度を改めるつもりは無いのを見て、総督があきらめたように嘆息する。
「ところでさ、リドレックは明日からどうするの?」
トウキビ一本を瞬く間に平らげると、メルクレアはリドレックに訊ねる。
「どうするって?」
「明日から秋休みじゃん!」
声を弾ませメルクレアが言った。
騎士学校は明日から一週間、秋休みに突入する。
平日は授業、休日は闘技会と、忙しい日々を送る学生達にとって、待ち望んでいた長期休暇であった。
「学校に入ってから初めてのお休みだもん。何しようかな?」
「遊んでいる暇なんてないぞ」
秋休みの予定を立てるメルクレアに向かって、リドレックが水を差す。
「秋休みは、騎士団寮にとって大事な調整期間なんだ」
「調整期間?」
「ちょうど開幕戦から一月。この時期になると負傷や能力不足が露呈して第一線から離脱する選手達が続出する。それと入れ替えに新人選手達を戦力として加えなければならない。特に今年は、選手たちの損耗が激しい。各騎士団寮はこの秋休みを利用して戦力の調整に取り掛かるのさ。ウチも新入生を対象とした特訓をやるとか言っていた。ライゼさんが妙に張り切っていたから、しごかれるぞ」
「……うぇぇぇぇぇぇっ」
途端にメルクレアはうんざりとした表情を浮かべる。
メルクレア達新入生を指導する監督生のライゼは、なにかと口やかましい存在であった。
やたらと精神論を口にするので、訓練よりもお説教の時間の方が長いくらいだ。
「まあまあ、そう肩を落とすな」
しょげかえるメルクレアを総督が慰める。
「実はな、秋休みに向けてサプライズ・イベント催す予定なのだ」
「サプライズ・イベント?」
「そう! サプライズだ!」
とびっきりの悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる総督に、興味津々と言った様子のメルクレアが食い寄る。
「なんですか、サプライズって?」
「まあ、待て。閉会式で大々的に発表するから、楽しみにしているが良い」
「……本当にやるつもりなんですか?」
リドレックはサプライズの正体を知っているらしい。
酒瓶を口から放し総督に向かって咎めるような視線を向けた。
「たかだかイベントの為に《パンドラ・ボックス》を使うだなんて馬鹿げていますよ。そんなくだらない事の為に、僕達は起動コードを探していたわけではないんですよ」
「まだ言うつもりか? リドレック。もう決まったことだぞ」
「悪ふざけが過ぎます。ダンジョンマッチを開催するだなんてことが外部に知られたら、帝国中大騒ぎになりますよ。今からでも遅くは無い。中止すべきです」
「騒ぎになって貰わなければサプライズにならんだろう。もう準備もしてしまっているし、今更後に引けるものか」
二人の男たちが言い争いを続けていると、
「総督閣下、時間です」
総督の元へスベイレン騎士訓練校校長のイライア・バーンズがやってきた。
バーンズ校長は闘技大会の進行、全てを取り仕切る立場にある。
恭しく頭を下げると、総督に向かって閉会式の準備が整ったことを告げる。
「本日のプログラムは全て終了しました。閉会のご挨拶をお願いします」
「うむ。何か問題はあるかね?」
「特には。滞りなく無事に全競技を終えることが出来ました。」
「承知した。さ、お前達もついておいで。リドレック、お前もだ。最後くらいはシャンとしてくれ。我が騎士よ」
そう言うと、総督は演台へと向かった。
演台は貴賓席から一段降りた所にある。
スベイレン総督は堂々とした足取りで演台に立つと、観客席から歓声が上がった。
『ご列席の皆様方、本日の闘技大会はこれにて終了です。本日もわざわざ会場まで足をお運びいただき、誠にありがとうございます。スベイレンを代表して心よりお礼を申し上げます』
大勢の聴衆を前にして、総督は閉会の宣言をする。
リドレックと三人の少女達は緊張した面持ちで、演台に立つ総督の背中を見守った。
これもまた、試合に勝った『ご褒美』なのだろう。
学生騎士にとって総督と共に公式式典の場に立ち会う事は、非常に名誉なことである。
名実ともにスベイレンの騎士となったメルクレア
『総督就任から一月。就任直後にスベイレンを襲った未曽有のテロ事件も解決し、復興事業も着々と進んでおります。こうして秋の善き日を共にできた事は誠に喜ばしい限りであります。とりわけ、生徒諸君の助力には官署の言葉もありません。この拙い総督について来てくれたスベイレンの騎士たちに、総督として改めてお礼を申し上げたい。そこで、私から生徒諸君にささやかな贈り物を進呈しようと思う――皆さま、頭上をご覧ください!』
唐突に、総督は天空の一角を指さした。
闘技場に居た全員が空を見上げた。
闘技場上空。
そこにあるのは夕暮れに近づき朱に染まる空だけだ。
何も無いはずの空に突如、溶けるように巨大構造物が出現した。
大きさは闘技場とほぼ同じくらい。
歪な蹴鞠。あるいは五角形を組み合わせ、無理やり球体にしようとして失敗したような形――とでも言おうか。
一切の無駄を排した無機質な多角形体は、闘技場の全てを呑み込むように自らが作り出す影で覆った。
全ては総督の演出だ。
周囲に展開していた光学迷彩を総督の合図に合わせて解除した、ただそれだけの事なのだが、効果は覿面だった。
突如姿を現した構造物に、観客席の人々は驚愕する。
「《パンドラ・ボックス》だ!」
「《パンドラ・ボックス》? あれが?」
「《パンドラ・ボックス》ってことは、もしかして……」
観客席のそこかしこから漏れ出る声は、ざわめきとなって闘技場を覆い尽くす。
そのざわめきをかき消すように、総督は声を張り上げる。
『スベイレン総督としてここに宣言する! 明日早朝。移動要塞に於いて迷宮攻略戦を開催する!!』
直後、闘技場に怒号のような歓声が響き渡る。
騒いでいるのは主に、騎士学校の学生達である。
飛び跳ねる者、拳を握りしめる者、隣に居る仲間に抱き付く者。
反応は様々だが、彼らは全身で喜びを表していた。
『詳細については、各騎士団寮におって通達する。生徒諸君らの奮闘に期待する!!』
総督が最後まで言い終える前に、騎士学校の生徒達が一斉に動き出す。
闘技場の外に走り出し、あるいは光子力通信で外部に連絡を入れ――慌ただしいその姿は、まさに戦場に向かう兵士を彷彿とさせる。
「……迷宮攻略戦?」
大空に浮かぶ巨大要塞を見上げ、メルクレアの胸は激しく高鳴った。




