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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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25. バラ園の誓い

 トレーニングルームを飛び出したメルクレアは、中庭のバラ園へと向かった。

 理由は特にない。

 自室に帰る気にもなれず、さりとてトレーニングルームに戻るつもりも無い。闇雲に走り続けていくうちに、自然と足がバラ園に向いた。

 夕焼け色に染まるバラ園を駆け抜けてゆく。


「メルクレア!」

「待ちなさい、メルクレア!」


 友人たちの声に、ようやくメルクレアは足を止める。

 トレーニングルームから後を追いかけて来たのだろう、シルフィとミューレはバラ園に佇むメルクレアの元へ駆け寄ってきた。


「大丈夫?」

「……うん」


 気づかうように声をかけるシルフィに、小さく頷く。


「まあ。気にすることないわよ」

「……うん」


 素っ気なく声をかけるミューレにも、頷き返す。


 いろんなことがいっぺんに起きて頭が混乱していたが、全力疾走したおかげで少しは気が晴れた。


 父親を暗殺によって失ったメルクレアは、人の生き死に関して人一倍、敏感であった。

 今、メルクレアは父と同じように暗殺者に命を狙われている。

 そして、その暗殺者をリドレックが殺害しようとしている。

 漂う殺戮の気配に、メルクレアは平静ではいられなかった。


 メルクレアの性質については二人も心得ている。

 二人とも、メルクレアを心配しているようだった。

 これ以上、彼女たちを心配させるわけにはいかない。

 

「ありがとう、もう大丈夫だから……」


 無理やりな笑みを作り上げると、彼女たちに見せてやる。

 しかし、ひきつった笑みは却って彼女達を不安にさせただけだった。


「そ、それにしてもすごかったわよね!」

「そうそう、あのリドレックを倒すなんて、すごいわよね!」


 二人は強引に話題を変えた。

 リドレックとの立会いを思い出し、口々に褒め称える


「あんなもん、大したことないわよ。余裕余裕!」


 見え透いたお世辞だったが、まんざら悪い気はしない。メルクレアは得意げになって答える。


 実際、それ程大したことでは無い。

 理由は不明だが、リドレックは以前よりも弱くなっていた。

 気が付いたのは先週の闘技大会――闘獣試合で一角虎と戦うリドレックを見た時だ。

 あの戦いでリドレックの戦い振りは明らかに精彩を欠いていた。

 初めリドレックの戦いを見た時の――開幕戦のバトルロイヤルで見せたあの気迫がまるっきり感じられなかった。


「これで明日の試合に出場できるわ。この調子で、ゼリエスもぶっ潰してやるわ!」

「……メルクレア。あなた本当に試合に出るつもり?」


 試合の話をした途端、今度は二人の顔が曇る。

 メルクレアに向かって、心配そうにシルフィが訊ねる。


「ええ、もちろんよ」

「危険よ。ゼリエスは貴方を殺しにこの学校に戻って来たのよ。それを、みすみすあなたの方から向かっていくなんて……」

「相手は暗殺剣を会得した本物の殺し屋よ。あの様子じゃリドレックも当てにはできないだろうし……」


 ミューレも出場には反対らしい。

 シルフィと一緒になって、説得を試みる。


「そんなことは分かってるわ! でも、この戦いから逃げるわけには行かないの! ……だって、これは私の戦いなんだから!」


 しかし、メルクレアの意志は固かった。

 友人達に向かって、決然と言い放つ。


「私は人殺しが嫌い。人殺しを得意げに語るやつはもっと嫌い。そんな奴を前にして、逃げたくないし、守ってなんか欲しくない。ゼリエスの狙いがあたしならば、あたしがこの手でブッ倒してやるわよ! リドレックになんかにやらせてたまるもんですか! 


 父であるアーリク皇太子が暗殺されたその日、メルクレアは騎士になることを誓った。 

 誰よりも強い騎士になることを、その目に映る全ての人々を守れる強い騎士になることを。

 この学校に来たのも騎士になるためだ。

 断じて、人殺しになる為では無い。 


 だからこそ、許せなかった。

 騎士の道を踏み外しただの人殺しに成り下がったゼリエスが、リドレックが許せなかった。

 メルクレアにとって彼ら二人は、騎士道を卑しめる存在に他ならない。


「あたしのやり方を、あの人殺し共に見せつけてやるわ! そして、本物の騎士道って奴を思い知らせてやるのよ」

「でも……」

「いいじゃない、シルフィ」


 なおも引き止めようとするミューレが遮る。


「そこまで言うんじゃしょうがない。やらせてあげましょう」

「ミューレまで! あたしたちはメルクレアの命を守るためにここにいるのよ。万一のことがあったらどうするの!?」

「命よりも大切な事ってあるでしょう?」

「……それは」

「あたしたちは、メルクレアの全てを守るためにここにいるのよ。命だけじゃない、メルクレアが自分らしく生きるために、あたし達の務めなのよ」


 そう言うと、ミューレはメルクレアの方へと向き直る。


「メルクレアが試合に出ると言うのならばあたし達に出来ることは唯一つ。一緒に試合に出て戦う事だけ。あたし達は命をかけてあなたを守る――だから、これだけは約束して頂戴」


 正面からメルクレアを見据えると、決意に満ちた眼差しでミューレは言った。


「何があっても生き延びることを考えて。たとえ目の前であたし達が死ぬようなことがあっても、あなただけは生き延びて」

「……え?」

「そして、ゼリエスと戦う時は確実に仕留めるのよ。倒そうだなんて生半可な気持ちではダメ、殺すつもりでやりなさい。相手は生粋の暗殺者よ、躊躇したらあなたがやられる」


 その時、メルクレアは思い知らされた。


 明日行われる試合は本物の殺し合いなのだと言う事を、

 大切な仲間が死ぬかもしれないことを、

 自分の手で敵を殺さなければならないことを、

 そして、そんな当たり前の事すら自分は気が付いていなかったことを、


 リドレックの言う戦場に立つ覚悟の無いままに、メルクレアは試合の日を迎えようとしていた。



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