24. 戦場に立つ覚悟
闘技大会を明日に控え、桃兎騎士団寮の主要メンバーは寮内にあるトレーニングルームに集合していた。
対抗リーグに出場する選手選びと、作戦会議を行うためである。
選考メンバーは、寮長のエルメラと副寮長のアネットとジョシュア。
上級生のライゼ、ラルク、ミナリエ、サイベル。
新入生の女子三人組。メルクレア、シルフィ、ミューレ。
そして、リドレックである。
選手選びの後、作戦会議と合わせて簡単な訓練もする予定であった。
動きやすい体操服姿のメンバーは、緩衝材が敷き詰められた訓練マットの上に並んでいた。
メンバー選びを始める前にエルメラは、先程、女将から聞き出した情報の一切を、皆の目の前で明らかにした。
密輸組織の事、ゼリエスが《無銘皇女》を狙う暗殺者であることを話し終えると、エルメラはリドレックを問い詰めた。
「……という話を聞いたんだけど、何か言いたいことはある? リドレック」
「特にありません」
エルメラ追及にリドレックは、平然とした様子で答えた。
「否定しないのね?」
「ええ、おおむね女将の言った通りです」
「ゼリエスを密告して、十字軍に取り入ったっていう話も?」
「ええ」
「……ゼリエスはあなたの友人だったんじゃないの?」
「友人? 友人ですって?」
責めるような眼差しで見つめるエルメラに、リドレックは皮肉な笑みを浮かべる。
「常在戦場のこの学校では、全ての人間が敵です。相手を蹴落とすか利用するかの二つしか無い。それがこの学校のシステムだったはず。お忘れですか?」
「……それは」
「違うとは言わせませんよ。開幕戦で危険極まりないバトルロイヤルに僕を放り込んだのは貴方だ」
「…………」
「この学校にいる人間に友情なんて感じたことなどありません。ゼリエスだって、一緒に居ると何かと都合がよかったからです。ゼリエスとの関係なんて、その程度の物ですよ」
平然と言ってのけるリドレックに、エルメラのみならずその場に居る全員が嫌悪の眼差しを向ける。
しかし、リドレックは彼らの責めるような眼差しを気にも留めなかった。
「納得していただけたようですね。では、ボルブが隠し持っていたと言う航海日誌を僕に渡していただけませんか?」
「どうするの?」
「十字軍に届けます。ボルブ無き今、密輸の実態を明らかに出来る証拠はそれだけだ。そいつを手土産にすれば、僕は十字軍に復帰できる」
エルメラはデータチップを取り出した。
しかし、そのままリドレックにて手渡すことは無い。
女将が言った通り、エルメラはこのデータチップを交渉材料に使うつもりだった。
「一つ、条件があるわ」
「何です?」
「ゼリエスをあなたの手で殺してちょうだい」
それは、桃兎騎士団寮寮長、エルメラ・ハルシュタットからの殺人指令だった。
リドレックに殺害を命じるエルメラに、一切の逡巡は無い。
「あいつの狙いは《無銘皇女》よ。今の所メルクレアの正体に気が付いていないようだけど時間の問題ね。今のうちにあいつを始末して頂戴」
「いいですよ。どうせ明日の試合で奴と戦う事になるんだ。ゼリエスは僕を殺しに来るはず。返り討ちにしてやりますよ」
あっさりと請け負うリドレックに、エルメラはデータチップを放り投げた。
受け取ったデータチップを大事そうに抱え、感慨深げに呟く。
「……これでようやく、地上に帰れる」
彼の心は既に、地上へと赴いていた。
明日行われるゼリエスとの対戦など眼中にない。
地上こそが彼にとって、闘う価値ある戦場であった。
「ちょっと待て、リドレック。まだ話がある」
そのまま、トレーニングルームを出て行こうとするリドレックを、ライゼが引き止める。
「これから、メンバー選抜と作戦会議を行う。その後で明日の試合に向けて訓練を行う。お前も参加してくれ」
「必要ありませんよ、そんなの」
振り返るとリドレックは、煩わしそうに答えた。
「僕以外の選手は適当に決めてくださって結構です。作戦とかも必要ありません。試合になったら他の皆は手出し無用に願います。下手に周囲をうろちょろされては目障りだ」
「お前一人で戦うつもりか?」
「どうせ試合はゼリエスと僕の一騎打ちになるはずです。黒鴉騎士団もゼリエス以外は大した選手は出てこないでしょうから。黒鴉騎士団は出入りが激しい上に選手調達が下手なんです。毎年、今の時期は碌な選手が出てこないから、ライゼさん達でも十分対応できるはずです」
リドレックにとって戦うべき相手は、ゼリエス唯一人。
他の選手たちなど眼中にない。
それは、味方であるはずの桃兎騎士団の選手たちも同様であった。
「甘く見るなよ、リドレック」
戦力外とみなされたライゼは腹を立てながらも、リドレックを諭す。
「試合では何が起こるかわからんのだ。油断をしていると足元をすくわれるぞ。ゼリエスだって簡単に倒せる相手じゃない」
先日、第二剣術訓練場でゼリエスはサイベルを一方的に叩きのめした。
これは、牢獄に繋がれていたことによる体力の低下はハンデとならない事を意味している。
「お前も以前、在籍していたのだから知っているだろう? 黒鴉騎士団の弱点はチームワークだ。個人戦の成績だけを見れば十二騎士団の中でも最強クラスだが、団体競技ではそれ程良い成績を収めてはいない。ましてや刑務所から帰って来たばかりのゼリエスと、まともな連携がとれるとも思えん。その連携の齟齬をつけば、俺達にも勝機が見えてくる」
「……バカバカしい」
ライゼの立てた作戦を、リドレックは鼻で笑った。
「明日の試合は今までとは違うんです。今まであなた達がやって来た、戦争ゴッコとは訳が違う。それなのにあなた達ときたら、作戦を立てるだの、相手の弱点を突くだの――常在戦場などと口にしておきながら、あなた達は戦場を意識した戦いが出来ない。しようとしない」
そこまで言うとリドレックは、苛立つように頭を振った。
「戦場とは殺し合いをする場所です。人を殺し、殺される覚悟をもって挑まねばなりません。その覚悟がない者が剣を振るえば、取り返しのつかない過ちを犯すことになる――ライゼさん、あなたのように」
「……え?」
リドレックの責めるような眼差しに、ライゼは狼狽する。
「何故、《黒豚》のボルブを殺したんです?」
「それは……」
「殺す必要性など無かったはずだ。武器を持っていたとはいえ相手は素人。あなたほどの実力があれば、ボルブを殺すことなく生け捕りに出来たはずだ。なのに、何故殺したのですか?」
「だからそれは! とっさの事で……」
「無意識のうちに斬っていたんでしょう? ボルブを斬った後、あなたは自分でも驚いていた。ちいがいますか?」
うろたえるライゼに向かって、さらに言い放つ。
「錬光技を操る者は、行動の全てを意識下に置いておかなければならない。殺すべき時、殺すべき相手を、確実に殺す――それが、本物の騎士です。無意識のうちに人を斬る、何てことはあってはならない。訓練の意味を理解せず、日々の鍛練を漠然とこなしているからそんなことになる」
「…………」
リドレックの激しい非難に、ライゼが沈黙する。
「それでも動ける分、あなたはマシな方ですよ。敵を前にして、怯えて動けない奴もいるんですから。いざという時、動けないのでは訓練の意味がない」
「…………」
サイベルが俯く。
「それもこれも、実戦を想定して訓練していないからだ。ただ相手を痛めつけるだけの戦闘技術など、戦場では何の役にも立ちはしない」
「…………」
ラルクが顔を背ける。
「己が会得した技が人を殺めるためのものであると自覚しているのならば、その力を軽々に振るったりはしないはず。無防備の人間に向かって不用意に攻撃を加えるなど、言語道断だ!」
「…………」
ミナリエが項垂れる。
「ここは騎士学校だ。騎士になるための訓練をするための場所だ――試合という名の戦場、で人を殺す訓練をする場所だ。戦場を意識しない試合に、何の意義がある!? 人を殺すことを前提としない訓練に、何の意義がある!?」
最早、リドレックに逆らう者は居ない。
その場に居る全員が、黙ってリドレックの話に耳を傾けていた。
「あなた達に足りないのは覚悟です。人を殺す覚悟が、殺される覚悟が! ゼリエス・エトは本物の人殺しです。明日行われるのは試合なんかじゃない、本物の殺し合いです。覚悟無き者が、その戦場に立つ資格など無い!」
そしてリドレックは憐れむような眼差しを向ける。
「……いい加減、わかってください。僕は――僕とゼリエスは、あなた達とは違う世界に居るんです」
「偉っらそうにぃ~っ!」
沈黙を突き破るように、突如メルクレアが声を上げた。
「何よ何よ何よ何よ! 何が『違う世界に居るんです』よ! ただの人殺しが偉そうなこと言ってんじゃないわよ!」
辛辣な言葉と共に、威勢よくまくし立てるとリドレックに詰め寄る。
「そういうの、カッコいいとか思っちゃってるわけ? 『簡単に人殺せちゃう俺ってカッケー!』とか思っちゃっているわけ? うっわ、痛い。痛いわぁ~。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるんですケド!?」
「黙れ」
底冷えのするような鋭い眼差しを向けるリドレックにも臆することは無い。
メルクレアはさらに挑発する。
「文句があるならその剣で黙らせなさいよ。やれるものなら、ね。今のあんただったら、あたしでも勝てるわ。錬光石なしで、拳一つで――あんたを生かしたまま、這いつくばらせてやるわ。さあ、かかってきなさいよ!」
「……フン」
手招きをするメルクレアに、リドレックは鼻を鳴らす。
馬鹿にするような態度に、挑発していたメルクレアの方が激昂する。
「……エルメラ様、今からリドレックと戦わせてください。一対一の真剣勝負で」
「え? ちょ、ちょっと何言ってるのよ?」
「そんでリドレックに勝ったら、明日の試合に出場させてください」
「だから、勝手に決めないで……!」
エルメラが止めるのも聞かず、メルクレアはリドレックに立ち向かっていった。
「はっ!」
顔面を狙い右拳を打ち込む。
牽制も何もない、顔面への攻撃をリドレックは難なく躱す。
「ふっ!」
続いて左の正拳突き。これもまた顔面を狙った攻撃だ。
単調な攻撃をリドレックはうるさそうに払いのける。
その瞬間、リドレックの眼前からメルクレアの姿が消えた。
「……なっ!」
メルクレアは素早い動きでリドレックの死角に潜り込んだ。
その場に身を伏せ、さらにリドレックの脚めがけて足払いを放つ。
鋭い蹴足に両足を払われ、リドレックは仰向けに倒れた。
「……クッ!」
かろうじて受け身を取ることはできた。
驚く間もなく、メルクレアはリドレックの眼前に拳を突きつける。
勝負あり。
メルクレアの完全勝利だ。
鮮やかな連携攻撃を見せたメルクレアに、倒れ伏したリドレックに――その場に居た全員が唖然とした表情を浮かべる。
「……やっぱりね」
リドレックに勝利したメルクレアに、勝ち誇った様子は無い。
拳をゆっくりと下ろすと、納得したようにメルクレアは呟いた。
「リドレック。……あんた、弱くなっているでしょう?」
「…………」
倒れた姿勢のままのリドレックに向けて、冷たく言い放つ。
「リドレック。あんた、弱くなっているわ」
「…………」
重ねて言うが、リドレックは答えない。
仰向けに倒れたまま、愕然とした表情で凍り付いていた。
その姿を見て一瞬、悲しそうな表情を浮かべると、メルクレアは脱兎のごとく駆け出した。
そのまま、トレーニングルームの外へと走ってゆく。
「……今のは、あんたが悪い」
そう言い残すと、ミューレはメルクレアの後を追った。
「あの娘は父親を殺されているんです。それなのに、あんなことを……」
さらにその後をシルフィーが追いかける。
次々と立ち去ってゆく新人達。
そして、それを引き止めるべき上級生たちは、うなだれたまま動かない。
明日の試合を前に、桃兎騎士団寮は崩壊の危機を迎えていた。




