ep78:ベルさんとジャックさん
リュンヌ様に冷やしうどんを食べて頂いた後。
食器などの片付けを済ませた僕は、ペンダントの転移機能を起動した。
「ウォルか」
「はい」
領主様は、もはや振り返りもしない。
背後の本棚が左右に開いても、平然としながら書類に目を通していた。
「食材の買い出しか?」
「いえ、領主様に新メニューを召し上がって頂くために来ました」
「おお!」
食べ物の話になった途端、領主様は嬉々として振り返る。
彼にとっては未知のものを食すことは、考古学者が遺跡を発見したくらいに嬉しいのだ。
「ジャックさんも呼んで一緒に見てもらってもよいですか?」
「勿論だ」
僕がベルさんに伝えるメニューは、いつも街の料理人ジャックさんにも伝えている。
そうすることで、一般の人々にも料理が広まるようにしていた。
「では、ベルさんにレシピを伝えつつ作りますね」
「うむ。私もこの書類を片付けたらすぐに行く」
領主様は、新メニューとなれば調理場の壁際で食べるのが常となっている。
それはよく知っているので、僕は頷いて執務室を出た。
◇◆◇◆◇
「パスタと似ているけど、卵と油は使わないのね」
「のばすときの厚みや、切るときの幅が違うんですね」
リシュ城の調理場に、ベルさんとジャックさんの声が響く。
領主様は壁際にスタンバイしている。
「ウドンといいます。モチモチした弾力とツルツルした喉越しが特徴で、パスタよりも仕上がりは柔らかくなります」
生地を捏ねながら、僕は壁際の領主様にもハッキリ聞こえるような声で説明する。
領主様は調理はしないが、宴で新メニューを披露する際に作り方を説明する。
そのため、僕はいつも詳しく作り方を伝えていた。
「生地を休ませている間に、チャワンムシの作り方もお伝えしますね」
僕は卵などの材料が共通する茶碗蒸しの製法も伝える。
レストランでは、うどんとセットにしてもいいかもしれない。
「おお、卵が煮こごり(アスピック)みたいに固まっている」
「チャワンムシの方が滑らかで柔らかいのね」
「具に【灰色の小海老 (クルヴェット・グリーズ)】を加えても、美味しいですよ」
卵を蒸して固める技術が無かった国の料理人たちには、かなり興味深い製法だった。
今日は海老が無くて入れてないけど、具に使えることを伝えた。
灰色の小海老は一年中獲れるけど、夏から秋が一番美味しいとされている。
「ところでウォル、あなた凄く器用ね。人参や胡瓜を花や葉の形に切るなんて」
ベルさんは飾り切りにも興味津々だ。
貴族の集まりである宴のメニューは味だけでなく見た目も重視されるから、飾り切りを出せば注目されるだろう。
繊細な飾り切りは日本独自のものだけど、海外から高い技術として注目されていた。
この世界ではリシュ領が発祥の地として広まっていくかもしれない。




