ep75:リュンヌ姫の専属料理人
怒鳴り続ける料理長を放置して調理場を出た僕は、国王の執務室へ向かった。
陛下からは、いつでも来ていいと言われている。
アポ無しで一国の王に会える者なんて、平民どころか貴族でも滅多にいないだろう。
「ウォルクリスです。お伝えしたいことがあるのですが、入ってもよいでしょうか?」
「勿論だ。入ってくれ」
許可を得て扉を開ける。
陛下は執務用の椅子から立ち上がり、休憩用の長椅子へと歩いていく。
「座ってくれ。伝えたいこととは、リュンヌの体調についてか?」
先に長椅子に腰かけた陛下から指示されて、僕も向かい側の長椅子に座る。
陛下は、既に僕と料理長の言い争いを知っているようだ。
この方の情報網は凄いが、必要と感じなければ物事に介入しない人でもある。
「はい。姫君の体調不良は、唐辛子の辛さに身体が過剰反応しているためなのです。健康を取り戻すには、唐辛子を食べることを避けるしかありません」
「ふむ。それは神からの啓示なのか?」
陛下は僕の話を聞いた後、穏やかに問いかける。
怒鳴り散らす料理長とは雲泥の差だ。
「イリキーヤ様から与えられた知識です」
僕は陛下の問いに頷いて、真剣な響きを乗せて言葉を返す。
アレルギーに関する知識は日本で生活する【鷹野翔太郎】が得たものだが、イリキーヤ様の力でウォルクリスの知識にもなっているので、あながち嘘ではない。
「だがそれをラシスムは認めないのだな?」
「そうです」
「それで其方は自分で作ると宣言してここへ来たのだな?」
「はい」
「リュンヌの食事を全て其方が作るということで、間違いないか?」
「間違いありません」
「よかろう。では其方をリュンヌの専属料理人に任命しよう」
「ありがとうございます」
陛下の決定に、僕は深々と頭を下げて感謝した。
リュンヌ姫の食事からアレルゲンとなるものを無くせば、栄養がしっかりとれて健康になれると思う。
ホッとする僕を、陛下が穏やかな笑みを浮かべて見つめる。
「ところで、其方は正規の騎士を目指しているのか?」
ふと思いついたように、陛下が別の話題を持ち出す。
多分それも、既に知っていたことなんだろう。
「はい。見習い期間が終わったら、採用試験を受ける予定です」
僕は躊躇わずにハッキリと答える。
それは、繰り返される入れ替わりの中、料理人として最高位の地位を得ながら、今なお変わらない目標だった。
この身体の持ち主であるウォルクリスは、騎士を目指している。
そのために、毎日欠かさず騎士団の稽古と自主トレに励んでいる。
「いっそリュンヌの専属騎士になるか?」
陛下が、口角を上げて問う。
冗談めいているが、半分本気のようにも感じられた。
「今はまだ見習いの身ですので。採用試験に合格した後、検討して頂けたらと思います」
王族の専属騎士といえば、正規の騎士でもかなり高位の存在になる。
ウォルクリスにとっては夢のような提案だろうけど、僕は慎重に答えた。
「余の権限で合格させることもできるぞ?」
「採用試験の結果で決めた方がよいですよ」
「其方、本当に12歳か?」
「はい一応」
陛下からツッコミきちゃった。
身体は間違いなく12歳の少年だ。
中身アラフォーのオッサンだけどね。




