ep72:虚弱体質の末っ子姫
「ウォルクリス様、また王宮へ来て下さらない?」
もうすっかり慣れてしまった、王宮からの呼び出し。
ヴィオレット様は今日も単独で護衛もつけずにリシュ領を訪れた。
「いいですよ。今日は何を作りましょうか?」
「今日はわたくしの妹に何か作って下さる?」
「分かりました」
今回は陛下の食事を作るわけではないらしい。
ヴィオレット様から、妹の話を聞くのは初めてだ。
僕は騎士団のまかないを見習いメンバーに託して、ヴィオレット様と共に王都へ向かった。
◇◆◇◆◇
ガリア王国、首都フルール。
国王陛下アルブル・フリュイティエ・ロワ・フルールが住まう城は、白い石灰岩の壁、尖った塔やバルコニー、小塔が複雑に組み合わさった巨大な建物だ。
白い壁と青灰色の屋根が美しく、初めて見る者は思わず溜息をつくという。
その城の後宮、王族が生活するエリアに立ち入ることが許された稀有な平民が、神の料理人と呼ばれる僕だった。
「はじめまして、ウォルクリス様。わたしのことはリュンヌと呼んで下さい」
フルール城の後宮、未婚の王族が生活するエリアの一室。
ベッドの上から挨拶してくれた小さな女の子は、痛々しいくらいに痩せこけている。
ヴィオレット様の妹は、身体が弱くて寝込んでいることが多い少女だった。
年齢は10歳とのことだが、小柄なのでもっと年下に見える。
「はじめまして、リュンヌ様。今日は僕が御夕食をお作りしますね」
「ありがとう。神様が授けた料理を食べたら、わたしも元気になれそうな気がします」
弱々しく微笑む子を、元気にしてあげたい。
まずは好みを聞いてみよう。
「リュンヌ様は、どんな味付けがお好みですか?」
「辛くないのがいいです。ラシスムが作るスープは、いつも辛くて……」
香辛料オタクの料理長、病人や子供にスパイスまみれのスープを出すなよ。
この子がここまで痩せてる原因は、病弱なだけではない気がした。
「分かりました。リュンヌ様の好みに合う味付けにしますね」
僕は一礼して退室すると、ペンダントの転移機能を起動した。
◇◆◇◆◇
領主様の隠し部屋。
僕はまた内側から扉を開けて出た。
執務用の椅子に座る領主様が振り返る。
「もう、この本棚がいきなり動いても、驚かなくなったぞ」
領主様が真顔で言う。
本来は有事の際の逃走経路になる隠し扉だが、僕が何度も通ったので、通用門くらいの認識になったらしい。
「必要な食材があるなら持っていけ。どうせまた陛下のご所望だろう?」
「いえ、今回はリュンヌ様です」
「末の姫君か。滋養のあるものを作って差し上げなさい。香辛料抜きで」
領主様は、溜息混じりに言う。
何か知っている感じがする。
僕は領主様に聞いてみた。
「領主様は、リュンヌ様の病状を御存知ですか?」
「うむ。あれは病ではない。好まぬものを食べさせられ過ぎたせいだ」
「リュンヌ様が好まぬものとは何ですか?」
「辛い物、香辛料だ。食べると吐き気がして熱を出すほどお嫌いなのだよ」
領主様の言葉で、僕はリュンヌ様の容態をほんのりと理解した。
おそらく、香辛料アレルギーか。
香辛料を使いまくるクソジジイの料理を食べてたら、悪化するしかないだろう。
リュンヌ様には専属の料理人が必要そうだ。




