ep71:春から夏へ
春が過ぎて、夏がやってきた。
僕とウォルクリスは、相変わらず入れ替わりを繰り返している。
最近は身体が軋まなくて、寝起きが楽だ。
筋肉痛はまだあるけど。
ウォルクリスが飽きずに筋トレを続けるおかげで、オッサンの身体が引き締まってきたぞ。
そのうち腹筋割れてくるんじゃないか?
「今後も警備をお願いしますね」
「はい、これからもよろしくお願いします」
温泉民宿初鹿の警備員アルバイトは、30日から無期限に契約更新された。
毎日温泉に入れるし、まかない美味いし、ここで長期雇用してもらえるのは嬉しい。
僕はアパートを引き払い、客室から民宿の社員寮へ引っ越した。
「あの子、来なくなったわねぇ」
「鷹野さんには勝てないと思ったんじゃない?」
桔梗さんと百合さんが言う。
ウォルクリスが身体強化を使ってビビらせて以来、鹿は民宿付近には現れなくなった。
森の中を散歩していると、たまに見かけることはある。
鹿の食害から守られて無事に夏を迎えた枝垂桜は、深緑の葉を茂らせて涼しい木陰を作っていた。
(そういえば、ラ・テール様は日本のどこにいるんだろう?)
民宿付近の林道を見回りながら、僕はふと思う。
イリキーヤ様の話では、ラ・テール様は僕の料理を食べたことがあるらしい。
いつ? どこで? どうやって食べた?
僕は昔から料理を趣味にしているので、食べさせた相手は多い。
こども食堂の調理ボランティアをしたこともあった。
ラ・テール様が人間に憑依しているのなら、その中にいるかもしれない。
「ラ・テールの居場所は私にも分からないの」
イリキーヤ様からは、残念なお知らせを頂いた。
もしも居場所が分かれば、説得して連れ戻せるかもしれないのに。
食べたいと言っていたものが分かれば、作ってあげるのに。
「ラ・テール様は何を食べたいと言っていたんですか?」
「それが「アレ」としか言わなくて、何なのかさっぱり分からないわ」
求められるものが何か分からないではどうしようもない。
とにかく料理を広めるしかない。
ところで、僕の料理がどのくらい異世界に根付けば、ラ・テール様は帰ってくるんだ?
「ラ・テールはこの世界を見捨てたわけじゃない。加護や祝福は残しているから、この世界の動向はある程度知っている筈よ」
「じゃあ、とにかく色々作って広めるしかないですね」
パスタとピラフは、新たな主食としてこの国に根付きつつある。
カツも定番のオカズとして広まっている。
ぜんざいは、夏は冷たく冬は温かく味わえるスイーツとして、リシュ領の名物になっている。
ラ・テール様は、一体何が食べたいんだ?




