ep68:燃える領主様
瞬時に風景が変わり、僕は領主様の隠し部屋に立っていた。
ここから出る方法はすぐに分かる。
隠し部屋の扉は、内側からは分かりやすくなっていて、引き戸を開けるように横へスライドするだけで開閉できた。
「?!」
僕は勢いよく扉(領主様側からは本棚)を開けて出る。
扉が開く音に、領主様がビックリして振り返った。
「お、脅かすなウォルクリス。随分と帰りが早いな」
「食材の買い出しに来ました」
「ん? それは向こうで用意しているのではないのか?」
「無駄が出ないように発注しているから、僕に分けられるものは無いそうです」
「誰がそんなことを言ったのだ?」
「王宮の料理長です」
「ラシスムか……」
料理長の名を呟く領主様は、眉間に皺が寄っている。
余程嫌いな相手なんだろうか?
「あいつは平民の料理人を差別するからな。よし、我が城の食材を持っていけ」
「ありがとうございます!」
「ラシスムの味付けは、高価な香辛料ばかり使ってちっとも美味しくない。お前が作る料理で奴に敗北感を味わわせてやれ」
「はい」
「いけウォルクリス! 料理の腕に身分は関係ないことを思い知らせてやるのだ!」
「仰せのままに(ア・ヴォ・ゾルドゥル)」
メラメラと燃える勢いの領主様は、ラシスム料理長と犬猿の仲なのだろうか?
領主様がイケメンだ。……悪人面だけど。
僕は買いものに行くまでもなく、質のいい食材を抱えて、再び王城の中庭へ転移した。
(さーて、作るか)
誰もいない個室調理場に戻ると、僕は手を洗い、手袋に変化するジェルを両手の指先から手首まで塗り付ける。
ジェルが乾いて手袋に変わったら調理スタートだ。
陛下は香辛料の味に慣れているのか。
なら、騎士団のまかないで作ったスープパスタよりもピリ辛にした方が好まれるかもしれない。
まかないで使ったのはフェザンの骨付き肉だったけど、今回は濃厚な旨味が出るパンタードの骨付き肉を使う。
パンタード肉を大蒜と唐辛子で炒めてから煮てスープの出汁にしよう。
スープは、塩と粗びき黒胡椒で味を整える。
煮込んだパンタード肉が骨からはずれてホロホロになる頃、背後から声が聞こえた。
「まあ、スパイシーで美味しそうな香り。きっとお父様好みのスープパスタですわね」
ヴィオレット様だった。
料理を乗せるワゴンを押した侍女も一緒にいる。
その後ろに、驚きに目を見開いたラシスム料理長もいた。
料理長は、「なんで料理ができているんだ」と言いた気な顔をしている。
「良いタイミングですね。ちょうどできたところです」
「では、お運びしますね」
僕は出来上がったスープパスタを鍋ごとワゴンに乗せた。
ここで盛り付けるよりも、陛下の目の前で盛り付ける方が温かい状態を維持できるからね。
「料理長、これは使わなかったので、お返しします」
僕はポケットから小金貨を取り出して、調理台の隅に置く。
料理長が更に驚き、化石のように固まってしまった。
「あ、これは試食用です。どうぞお召し上がり下さい」
僕は小金貨の隣に、少量盛ったスープパスタの椀を置く。
料理長は固まったまま呆然としている。
「ウォルクリス様、陛下のところへ行きましょう。ここは料理長が片付けてくれますわ」
「はい」
ヴィオレット様に声をかけられて、僕はワゴンを押す侍女の後について調理場を出た。




