ep66:調理場の洗浄
ベルさんから洗浄魔法を習っておいてよかった。
僕は埃や蜘蛛の巣やカビが広がる調理場で、片手で空間を撫でるような動作をしながら魔法を発動する。
魔法の起動は、言葉や動作が無くてもできる。
ただ、イメージとして魔法を使う対象に手を向けたり触れたりする方がやりやすい。
(調理前に大掃除するなんて、聞いてないよ)
軽く溜息が出た。
おそらく、これは料理長の嫌がらせだろう。
料理長は僕をよく思っていないのは明らかだ。
神様の加護をもっているか否かなんて、調べる術は無い。
僕がイリキーヤ様の加護もちだと思われた理由は、この世界に存在しなかった料理を作ったからだった。
(さっさと掃除して、パスタを作ったらリシュ領に帰らせてもらおう。ここに僕の居場所は無さそうだし)
洗浄魔法は素晴らしい。
人力なら半日以上かかりそうな汚れが、秒で洗い流されていく。
蜘蛛の巣が張る天井も壁も、埃が積もった棚や調理テーブルも、カビだらけのシンクも。
全てが、僕の手の動きに合わせて綺麗になっていく。
水は役目を終えると、魔力に戻って消えていった。
(よし、ピカピカになったぞ)
他に誰もいない調理場で、僕は両手を腰に当ててドヤ顔する。
その直後、背後で人の気配と声がした。
「なっ?!」
聞き覚えのある声に振り返ってみれば、黒服のクソジジイ……もとい、料理長がいる。
忙しいんじゃないの? 暇なの? なんでそこにいるの?
料理長は驚愕の表情を浮かべて室内を見回した。
「あ、料理長、ここ凄く汚れていたので、掃除しておきました」
「き……貴様、な、何故ガキのくせにそんな魔法が使える?!」
涼しい顔で言う僕に、驚きながら料理長が訊く。
洗浄魔法って、生活魔法でしょ?
魔法使いじゃなくても使えるもんじゃないの?
そういや【僕】の故郷では、使ってる人はいなかったな。
習わなきゃ使えないってだけだよね?
「リシュ領の料理長に習いました」
「何?! あのハーフエルフから? 貴様もハーフエルフか!」
料理長の言い方にカチンときた。
こいつ、ハーフエルフを差別してるな。
「僕はヒューマン系ですよ」
「なら、何故その歳でそんな大きな洗浄魔法が使えるんだ!」
料理長が僕を指差す手が、動揺でプルプル震えている。
人を指差しちゃいけません。
小規模な飲食店程度の調理場を丸洗いしたくらいで、何を驚いているんだろうか。
「え? 料理人ならこれくらい普通じゃないですか?」
「そんなわけあるか!」
ベルさんから、洗浄魔法はプロの料理人なら大体習得していると聞いたんだけど。
料理長が即ツッコミしたから、違うのかもしれない。




