ep05:お城の厨房とハーフエルフの少女
「ベル、こいつに厨房を使わせてやれ」
「え? どうしたんですか? 領主様」
領主様は僕を連れて城内の調理場まで行くと、そこにいた女の子に声をかける。
振り返ってキョトンとするのは、耳先が少し長くて尖っている、創作界隈で見慣れたハーフエルフの少女だった。
髪は、バンダナの中にまとめられていて見えない。
瞳は、夏の森のように深い緑だ。
肌は色素が薄くて、大理石みたいに白い。
ケルト美人のように彫りが深く、神秘的でナチュラルな雰囲気の顔立ちで、成人前の若い女性に見える。
「こいつが珍しい料理を作っていたのでな。ベルにも見せてやろうと思って連れてきたのだ」
「まあ、それは興味深いですね」
領主は美女に弱いのか、さっきとは別人のような笑顔でデレデレしている。
僕は領主に小突かれて、厨房の中に足を踏み入れた。
「はじめまして。私はベルフィーネ、ベルと呼んでくれていいわ。あなたの名前は?」
「ウォルクリスです。ウォルと呼んで下さい」
先輩たちや領主様が「ベル」と呼ぶその人は、ベルフィーネという名前らしい。
彼女が愛称呼びを指示してくれたので、僕も愛称を告げた。
「ふん、お前がベルに教えるのはさっきの料理だけでいい。名を告げる必要は無い」
ベルさんに微笑みを向けられていたら、なんか領主様が不機嫌になったぞ。
これはあれか、嫉妬というやつか。
もしかしたら領主様がベルさんを自分の専属料理人にしたのは、料理の腕前だけじゃなく美女だからかもしれない。
「さあ、早く作れ」
「はい」
って領主様、料理ができるまで厨房の壁際で待つつもり?
扉の外で待機していたメイドに、椅子を持ってこさせて座ってるし。
「使う食材を言ってくれたら、持ってきてあげるわ」
「ありがとうございます。ではファリーヌ・ドゥ・グリュオー(強力粉)、ウフ・ドゥ・プル(鶏卵)、キュイス・ドゥ・プレ(骨付き鶏もも肉)、アスペルジュ・デ・ボワ(森竜鬚菜)、カロット・ソヴァージュ(森人参)、アイユ・デ・ウルス(行者大蒜)、ユイル・ド・キュイソン(料理用油)、セル(塩)、ポワーヴル(胡椒)をお願いします」
「持ってくるわ」
食材の呼び名がこちらの言語に変換されるのは、異世界ものあるあるの「言語理解」みたいな効果だろうか。
森竜鬚菜というのは、細くて柔らかいアスパラガスに似た食材だ。
日本でのツクシや山菜のように、春先に採れる若芽を食用にする。
森人参は、ニンジンの野生種。
行者大蒜は、ニラに似た山菜。
今は山菜が旬の時期で、宿舎に着く前に寄った森の中にたくさん自生していた。
お城の食糧庫にもストックされているらしい。
ベルさんが厨房に隣接する食材庫から材料を持ってきてくれて、僕は本日三回目となる麺作りにかかった。
「パンに似てるのね」
「途中までは同じです。ルヴァン(酵母)は使いませんが」
説明しつつ生地を捏ね上げ、ボウルに布巾を被せる。
生地を休ませながら、骨付き肉をグリルで炙り、焼き色がついたところで鍋に入れた。
「ちゃんと表面を焼いてから煮込むことを知ってるのね」
「はい、この方が美味しくなりますから」
ふむふむという感じで、ベルさんが横からグリルを覗き込む。
煮込む前に肉の表面に焼き色をつけるのは、アミノ酸と糖の「メイラード反応」を起こすため。
メイラード反応は、香ばしい香り成分と肉特有の旨味成分を生み出すので、生肉を直接煮込むよりも美味くなる。
僕にとっては前世知識だけど、この世界にも似た知識があるらしい。
「灰汁取りも知ってるのね。お家でお母さんの手伝いをしていたのかしら?」
「はい」
グツグツ煮える鍋のアク取りをしていると、ベルさんがまた覗き込んでくる。
どうでもいいけど、近くない?
僕よりも少し背が低いベルさんは、肩や腕が触れるくらい僕に接近している。
後ろで見てる領主様の、不機嫌な無言の視線が痛い。
「まあ、こんな調理方法は初めて見るわ」
休ませていた生地をのばしてカットしていたら、ベルさんの目が好奇心でキラキラし始める。
プロの料理人の彼女も知らないということは、この世界には本当に麺類が無いんだろう。




