ep62:御印と魔法陣
ウォルクリスの記憶によれば、この世界の基本的な遠距離移動方法は馬や馬車だ。
騎士隊長だった父親から教えられた情報では、貴族や王族は馬車の他に特殊な移動方法をもっているらしい。
「あの、まだ何も準備してないんですが……」
「問題ありませんわ。いつでもすぐここへ帰れますもの」
……王都って、そんな御近所だったっけ?
「わたくしが差し上げたペンダントは……良かった、ちゃんと着けてますわね」
ヴィオレット様は、僕の首にかかっている銀鎖を見て微笑む。
他人の手に渡っていいものではないし、失くしたら大変なので、僕は風呂に入るときもずっと着けたままだ。
地球の貴金属なら温泉の成分で腐食する可能性があるけれど、この世界のアクセサリーは劣化防止の魔法がかけられているため、温泉に漬けたくらいでは腐食しないらしい。
ヴィオレット様に腕を引かれるままについていった先は、領主様の城の中だった。
通路を足早に通り抜け、お転婆姫は僕を連れて進んでいく。
やがて、領主様の執務室に到着した。
両開きの扉は開かれており、執務用の椅子に座っていた領主様が慌てて立ち上がる。
「リシュ伯、転移魔法陣を借りますわよ」
「は、はい」
ヴィオレット様の言葉に、領主様は棚に並ぶ本の一つを奥へ押し込む。
仕掛けが作動して、本棚が左右に開いていく。
その先には小部屋があり、床には魔法文字を描いた円がある。
魔法陣らしきそれは、緑の蛍光色を放っていた。
(おお! 本物の魔法陣だ)
オッサンの中二病ハートが疼く。
だが、感動に浸る暇も無く、僕はヴィオレット様に腕を引っ張られて魔法陣の上へと進んでいた。
(あれ? 光ってる?)
魔法陣の上に足が乗った瞬間、騎士服の襟元から銀色の光が漏れてくる。
襟元をつまんで覗き込むと、首から下げているペンダントが光っていた。
「王家の者の印には、記録した魔法陣へ転移する機能がありますの」
僕が問う前に、ヴィオレット様が教えてくれた。
それって凄い機能じゃないか?
「転移機能を使うには、一度その魔法陣に触れなければならないので、それほど大した機能ではないですわ」
「平民には驚愕の機能ですよ」
魔導具に対する感覚の違いだろうか?
ウォルクリスの記憶は、これがとんでもなく高価な魔導具の機能だと告げている。
これは普通、平民には手に入らないものだ。
でもヴィオレット様は、転移機能をごく普通のもののように言った。
「これでウォルクリス様は、いつでもどこからでもリシュ城の魔法陣へ転移できますわ。ここから王都へ転移した後は、王都にも気軽に来れますわね」
ヴィオレット様は微笑んでそう言った後、領主様の方を向いた。
領主様は頷くと魔法陣の外側に立ち、懐中時計のような物を懐から取り出す。
懐中時計の蓋が開かれた直後、周囲の風景が瞬時に変わった。




