ep55:街の料理人
「先に領主様の分を作ってくるよ」
「おっけー。じゃあ俺は宿舎で待ってる」
僕は街の商店で材料を買い、まずはお城へ向かった。
領主様も間違いなく食べたいと言うだろうからね。
言われる前に作ることにしよう。
アウラウダも分かってるから、宿舎へ帰っていく。
もはや完全なる顔パスとなったお城の厨房へ行ってみると、ベルさんとは違う料理人がいた。
「あれ? ウォルくんどうしたんだい? 今日は休みだろう?」
問いかけてくる年配の男性は、春の宴で厨房内にいた一人だ。
普段は街で食堂を営む人で、見回りのときに見かけたことがある。
名前は確かジャックさんだったかな。
「はい。でもちょっと思いついたスイーツがあって、作っておきたいんです」
「なるほど。イリキーヤ様の啓示を受けたんだね。じゃあスイーツ用のスペースを使うといいよ」
「ありがとうございます」
ジャックさんは、僕がイリキーヤ様の加護を受ける者だと知っている。
スイーツを作るスペースを貸してもらい、僕は買ってきた材料で調理を始めた。
「へえ、赤いんげん豆を黒砂糖で煮るのか」
ジャックさんが鍋を覗き込んで呟く。
ウォルクリスの記憶によれば、赤いんげん豆は煮込み料理やサラダの具材として使われているらしい。
塩気のある味付けで食べるのが一般的なので、料理人のジャックさんも初めて見る調理方法だった。
「こっちはパスタと似た生地だけど、強力粉と薄力粉に黒砂糖を混ぜるのか」
小麦粉で団子を作るのは、この国だけでなく日本でもちょっと珍しいかもしれない。
僕はぜんざいに団子を入れて、味が少し染みるように煮てから器に盛り付けた。
「これで完成です。温かくても冷たくても美味しく食べられるスイーツですよ」
「味見してもいいかい?」
「それは私が先だな」
「「えっ?」」
突然、いつもの壁際から領主様の声がする。
僕とジャックさんが振り返ってみると、いつものように実食スタンバイ済の領主様がいた。
いつからいたの?
っていうか、ベルさんがいなくても来るの?
貴族なのに毒見とかさせないの? ……あ、いつもしてないか。
「こっちへ持ってきなさい」
「はい。まずは温かい状態でどうぞ」
「うむ」
領主様へのツッコミは心の中にしまい、僕は湯気が立つぜんざいを入れた器を領主様のテーブルに置いた。
悪人面だけど食べ方は上品な領主様は、丁寧に味わいながら食べ始める。
「こちらは冷やしておきますので、夕食のデザートにどうぞ」
「うむ」
僕はジャックさんの分を取り分けた残りを、冷蔵魔法がかけられた食糧庫の隅に置いた。
きっと後でベルさんにも食べてもらえるだろう。
「ほう、赤いんげん豆は甘く煮ても美味なのだな。パスタとは少し違う食感の丸い物が甘いスープに合うな」
ぜんざいは甘い物が好きな領主様に気に入られたようだ。
小豆や餅で作ったものとは違うけど、これはこれで美味いからね。
「豆を甘く煮たものを【ゼンザイ】、白くて丸いものを【ダンゴ】といいます。両方合わせた場合はゼンザイというスイーツになります」
「なるほど。これはベルにも教えておきなさい」
「はい。ベルさんは今日は休みですか?」
「うむ。今日と明日は休みにしている」
よかった、ベルさんが年中無休じゃなくて。
まあ、領主様は彼女に甘いから、そんなことはしないだろうけど。
「ジャックも、自分の店のメニューに加えて人々に広めなさい」
「畏まりました」
領主様が、街の料理人に新しい料理を広めるように指示している。
ちょうどいいから、露店の少女たちのことも領主様に伝えておこう。




