ep42:異世界の味噌
異世界で目覚める六度目の朝。
スッキリ爽やかに起きられるのはいいが、掌にできた新しいマメが痛い。
(あいつ、稽古以外に自主トレもしてるのか)
昨日のウォルクリスの記憶が、流れ込んでくる。
彼は騎士団の朝稽古だけでは物足りず、空き時間に稽古場で独り素振りをしていた。
正規の騎士を目指す少年の、本気の証。
兵役が義務化しているこの国では、12歳になる男子は見習い騎士として1年間騎士団に所属する。
その後、見習いから正規の騎士になるには、採用試験に合格しなければならない。
貴族の令息なら、幼少期から家庭教師に剣術を教わるので、ほぼ合格する。
平民の農家の息子が合格するには、自主トレを続けるしかなかった。
(料理人として出世できそうだけど、あいつがなりたいものは騎士なんだよなぁ)
ズキズキ痛む左右の掌を見つめて、僕は心の中で呟く。
素振りに使うのは片手剣で、ウォルクリスは右利きだが、彼は左右どちらでも剣を扱えるように練習している。
両利きであれば、側面からの攻撃を受けた際に、剣を持ち替えて素早く反撃に出られるから。
だから、両手にマメができるんだ。
その技術は、平民でありながら騎士隊長まで出世した父親のものだった。
父親は実家の農業を継ぐため、40代で騎士団を退職している。
(父親を尊敬して騎士を目指すか。まっすぐでひたむきな、良い子なんだよなぁ……オッサンの腹肉酷使するけど)
僕は片手で頭を掻きつつ、空いてる方の手で枕元のメモを取る。
メモには日本語でこう書いてあった。
『今日の朝食は味噌味の雑炊です』
……業務連絡だな。
僕は洗面所で顔を洗い、コックコートに着替えて厨房へ向かった。
保冷庫から深型両手鍋ごと取り出した雑炊を竈の火にかけると、日本人には馴染みの香りが漂い始める。
ウォルクリスが作る料理は素朴で、やさしい味だ。
骨つき肉で出汁をとった雑炊には、しっかりした旨味もある。
料理は作り手の性格が出るというから、彼は素朴で優しい性格だが、しっかりした意思もある子なんだろう。
追加された記憶によれば、ウォルクリスは民宿初鹿のまかないを食べた際に、自分の世界にも似た調味料があることに気づいたようだ。
それが「味噌」。
この世界では、森の中に自生する豆の木から採れる実をすり潰すと、味噌っぽい味のペーストができる。
豆の木の実は、土壌や気候によって味が変わるので、街の商店では複数の地域から仕入れたものを売っている。
ウォルクリスの故郷で採れる実は合わせ味噌に似た味がするが、リシュ領で採れる実は違う味がしたらしい。
(これか。見た目は大豆だな)
僕は食糧庫の棚に置かれたガラスボトルを手に取り、コルク栓を開ける。
中身は、近くの森で採れた豆の木の実だ。
ウォルクリスの知識によれば、豆の木の実は腐敗しないので、瓶に入れて長期保存できるらしい。
中に入っている大豆サイズの実を、1粒取り出して口の中に放り込む。
(……こりゃしょっぱいな。赤味噌そのまま食ったみたいな味がするぞ)
よく知ってる味がした。
塩分多めで色が赤い、東海地方でよく使われる味噌の味だった。
(この世界いいな、米も醤油も味噌もあるなんて)
厨房の水道からコップに水を汲んで飲みながら、僕は味噌っぽいものとの出会いを喜ぶ。
赤味噌があるなら、あれを作ろう。
今日の夕食は、名古屋で働いていた頃によく食べたあの料理にしよう。




