ep39:ベルさんに習う生活魔法
朝稽古が終わる頃。
ベルさんが稽古場にやってきた。
三度目の今回は、僕も何の用事か分かっている。
「おはよう。ウォルくんを借りるわね」
「はい、どうぞ」
ベルさんと団長の会話が、物の貸し借りみたいだけど。
団長にも話は伝わっているので、説明は不要なんだろう。
「じゃ、行こっか」
「はい」
僕も素直にベルさんについていく。
最初に向かった場所は、城内の食堂。
そこにある、イリキーヤ様の祭壇の前だった。
「まずはイリキーヤ様に、これから生活魔法を学びますって報告するのよ」
「分かりました」
ベルさんの言葉に頷き、僕は胸の前で両手を交差する祈りの姿勢をとり、目を閉じる。
赤と黄色の着物を着た長い黒髪の美女を思い出しながら、心の中で報告の言葉を呟く。
(イリキーヤ様、僕はこれから生活魔法を学びます。どうぞよろしくお願いします)
『上位の魔法まで学ぶとよいわ。其方の身体には、二人分の魔力があるのだから』
「えっ?」
……なんか、神様から普通に返事されたぞ?
二人分の魔力って、ウォルクリスはともかく、地球人の僕にもあるのか?
「どうしたの?」
「今、イリキーヤ様の声が聞こえたので」
「さすが加護もちね」
「上位の魔法まで学びなさいって」
「うん、加護もちならそうね」
イリキーヤ様の声は、ベルさんには聞こえてなかったようだ。
しかし疑うことなど無く、あっさり信じてくれた。
神様の声が聞こえるなんて、日本だったら怪しい人だと思われるけど。
この世界では、それほど珍しくはないのかもしれない。
「じゃ、練習しに行くわよ」
「はい」
次の行き先は、現在使われていない屋外調理場だった。
キャンプ地の共同炊事場みたいな調理場は、宿舎の厨房で食事の支度をするようになってから使われていない。
「ここなら、多少失敗して物を壊しても大丈夫」
「失敗するのは普通なんですね」
「そりゃそうよ。最初から上手くいく人はほぼいないわ」
微笑むベルさんがこれから教えてくれるのは、生活魔法だ。
ハーフエルフの彼女は、生活魔法から治癒魔法まで使いこなす。
その魔法を、僕にも教えてくれるという。
古の中二病者としては、かつての情熱が再熱しそうだよ。
「最初は、基礎魔法の【着火】からね。見てて」
ベルさんはそう言うと、竈のしたの薪に指先を向ける。
人差し指の先に小さな火が現れて、薪へと飛ぶ。
ポッと音を立てて、薪が燃え上がった。
「どう?」
「火の魔法、初めて見ました。これ凄く便利ですね!」
魔法が身近に無かったのは、僕だけでなくウォルクリスも同じ。
ライターやチャッカマンが無いこの世界では、火おこしといえば「火打ち石と火打ち金」が使われている。
ウォルクリスが生まれ育った農村では、木の板に木棒を垂直に立て、高速で回転させて摩擦熱で発火させる「舞錐式」が一般的だった。
「魔法はイメージが大事なの。みんなこうして実際に見て覚えていくのよ。ウォルくんもやってみて」
「はい」
僕はさっき見たベルさんの魔法を思い浮かべながら、初めての魔法を起動し始めた。




