ep37:小学生がパスタを作る
朝食後。
僕は敷地内の巡回の後、再び枝垂桜の見張りに行った。
鹿は1日に2回、決まった時間に現れるという。
体内時計的な何かか?
午前10時、鹿が現れるという時間に枝垂桜の根元に立っていると、茶色い生き物が木々の間から顔を出した。
鹿はド近眼で、動かずに立っている僕に気づいていない。
そろりそろりと近づいて来た。
僕は鹿が桜の枝先まで数歩という距離まで来たところで、両手を勢いよく合わせて打ち鳴らした。
パンッ! という破裂音がした途端、鹿は飛び上がって一目散に逃げていく。
飛び跳ねて逃げる後ろ姿を、僕は静かに佇んで見送った。
(ウォルクリスも、無駄に走らずに音で脅かせばいいのに)
僕はフッと苦笑する。
記憶によれば、昨日のウォルクリスは走って鹿を追い払っていた。
足がちょっと筋肉痛なのは、そのせいだ。
鹿を狩ろうとしなかったのはいい。
しかし、走って追いかけるのは体力的によろしくない。
(若い子は体力有り余ってるからそれでいいけど、オッサンは無駄な体力を使わないんだぜ)
聞こえる筈は無いが、僕はウォルクリスに向けて心の中で呟く。
少年よ、無駄な動きを減らせ。
走らなくていい、ある程度近づいてきたら大きな音を出して脅かせ。
必要最低限の動きで済ませるのだ。
限りあるオッサンのスタミナを大切にしてくれ。
これ、寝る前に手紙で書いておこう。
◇◆◇◆◇
午前の仕事を終えて、昼休み。
休憩室へ行くと、また琴音ちゃんがいた。
「おじちゃん、お疲れ様。今日のお昼はナポリタンだよ」
席に着くと、エプロン姿の小学1年生が配膳してくれる。
かなり珍しい光景かもしれない。
もしかしたら、世間のお父さんたちは経験してるのかもしれんけど。
彼女にフラれて以来おひとりさまのオッサンに、子供はいない。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
琴音ちゃんが訊いてくる。
僕の言葉に偽りは無い。
パスタは生麺でモチモチしていて、ナポリタンソースは程よい酸味がいい感じだ。
具が飾り切りになっていて、タコさんウインナーとカニさんピーマンなのは珍しい。
上に散らしたピザチーズが熱でとろけて、ソースと絡んでコクとまろやかさを出している。
美味しいと答えた途端、琴音ちゃんはぱぁっと嬉しそうな笑顔になった。
「それね、琴音が作ったんだよ」
「えっ?!」
「土曜日は、琴音が作る日なの」
「凄いな」
琴音ちゃんが、得意そうに言う。
家事が得意そうな子だとは思ったけど、包丁や火を使う調理までいける子なのか。
おまけに飾り切りまでしてるし。
まさか、小学生が生パスタを作るとは。
異世界にパスタを広めるオッサンもビックリだ。




