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オッサンと少年の入れ替わり。オッサンは異世界で美味い料理を作り、少年は日本で無自覚に色々やらかす。  作者: BIRD


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ep36:温泉民宿の朝

 日本で目覚める土曜日の朝。

 オッサンの身体に戻ったのに、珍しく軋まない。

 これが温泉パワーというやつか。

 素晴らしい職場に感謝しておこう。

 しかし腹部には鈍い筋肉痛がある。

 ウォルクリスの記憶が流れ込んでくる。

 また腹筋五百回したのか。

 少年よ、オッサンの腹肉を酷使するのはやめてくれ。


(……ん?)


 ふと、何かの気配を感じた。

 窓の方からだ。

 僕はそっと窓に忍び寄ると、勢いよくカーテンを開けた。


 飛び上がって驚く、茶色い生き物。

 明るい茶褐色に白い斑点の毛皮を着た、大きな鹿がいる。

 鹿は僕を見た途端、一目散に逃げだした。


(枝垂桜じゃなくて、花壇のサルビアを食ってたのか)


 窓の外側には、真っ赤なサルビアの花壇がある。

 鹿はその花を食べに来ていたらしい。

 枝垂桜は無事か?

 僕はパジャマを脱いで警備員の制服に着替えると、朝の巡回に出かけた。


「おはようございます」

「おはようございます。鹿、鷹野さんを見ただけで逃げていくのねぇ」


 枝垂桜の枝葉の下に、竹ぼうきで掃き掃除をする女将さんがいる。

 どうやら、木は無事だったらしい。


「さっき花壇のサルビアを食べていましたよ」

「サルビアなら食べられちゃってもいいわ」


 女将さんにとって、鹿の食害から守ってほしい植物は枝垂桜だけだった。

 花壇は多少食べられても気にしないらしい。


「朝食、休憩室に用意してますから。朝の巡回が終わったらどうぞ」

「ありがとうございます」


 山林にある温泉民宿の巡回は、森林の清浄な空気を浴びながら歩く健康的な仕事だった。

 木々から芽吹いた新緑の葉、梢から聞こえる小鳥の声、朝の澄んだ空気が特に良い。

 身体に活力が満ちてくる感じがする。

 僕は指定された警備エリアを巡回して、異常が無いことを確認すると休憩室へ向かった。


「あ、おじちゃん、おはよう!」

「おはよう。今日は休みかな?」

「うん!」


 休憩室へ行くと、トーストを手にした琴音ことねちゃんが笑顔で挨拶してくれた。

 民宿の朝は忙しい。

 家族はお客さんの朝食の対応に追われていて、琴音ちゃんは自分でトーストを焼いて食べている。

 母親が忙しいから、自分のことは自分でやるように育てられているらしい。


「おじちゃんのパンも焼いてあげるね」

「ありがとう」


 琴音ちゃんが、慣れた手つきでトースターに食パンを入れてタイマーをセットする。

 民宿のトースターは、昔懐かしいポップアップトースターだ。

 このトースターのいいところは、ヒーターとパンの距離が近いため、オーブントースターよりも短時間で焼き上がり、外はカリッと中はもっちり食感に仕上がること。

 いろいろなものが焼ける便利さでオーブントースターに販売数で負けているが、パンの美味しさはポップアップトースターの方が上だと思う。


「はい、どうぞ」

「いただきます」


 琴音ちゃんからお皿に乗せたパンを受け取り、テーブルに置いてある使い切りタイプのバターを塗る。

 オカズはベーコンエッグとウインナーとサラダで、僕の分はラップがかけてあった。


「コーヒーは飲む?」

「うん」

「じゃあ、入れてあげるね」


 琴音ちゃんが、コーヒーメーカーのポットから熱々のコーヒーを入れてくれた。

 小学1年生だと聞いているけど、家事に慣れている感じがする。


「ごちそうさま」

「あ、食器は置いたままでいいよ。琴音が洗うから」


 琴音ちゃんは、洗い物にも慣れていた。

 この子、いいお嫁さんになるだろうなぁ。

 異世界では作ったり洗ったりする側だから、据え膳で食事が出来るありがたみを感じた。

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