ep32:宴の始まり
「ウォルくん、そろそろお客様たちへ挨拶に行くわよ」
ほぼ全ての料理が完成して、侍女と侍従に運ばれていった後。
僕はベルさんに連れられて、厨房から出た。
長い廊下を歩いていると、前方から人々が賑やかに談笑する声が聞こえてくる。
何人くらいいるんだろう?
料理は大皿盛りのビュッフェスタイルだから、正確な人数は分からなかった。
「今年の春も、たくさんの森の恵み(レ・ビアンフェ・ドゥ・ラ・フォレ)をラ・テール様より頂きました」
領主様の声が聞こえる。
ベルさんは僕の手を引いて廊下の壁際へ行き、小声で「呼ばれるまで待機するのよ」と教えてくれた。
こういうの、苦手なんだよなぁ。
学生時代のインターハイ出場にも似た緊張感だ。
社会人になってからは大勢の前に立つなんてことは無かったから、久々過ぎてお腹痛くなっちゃうよ。
「本日御用意しました料理の数々は、全て我が領地で採れた素材を使用したものです。品質は保証致します。安心してお召し上がり下さい」
領主様の声の響きに、誇らしさが感じられる。
美味しいものが食べることが最高の幸せだと言う彼は、自分の領地に誇りをもっているんだろう。
「そして喜ばしいことに、我が城に火食の神イリキーヤ様の加護をもつ者が現れました」
領主様のスピーチが僕の話になり、緊張が高まる。
人々が、おおっとどよめく声が聞こえた。
とりあえず、落ち着こう。
僕はインターハイで緊張したときと同じように、掌に指先で「人」と書いて飲む仕草をした。
なんとなく、落ち着いてくる。
隣に立つベルさんが不思議そうに見るが、問いかけてはこなかった。
彼女は、僕の肩をポンと軽く叩いて、広間へ入るように促す。
案内するように先に歩き出すベルさんの後に、僕も続いて広間へ入った。
「紹介しましょう。この少年の名はウォルクリス、イリキーヤ様に加護を与えられ、珍しい料理を開発する者です」
広間の一段高くなった場所、所謂お立ち台的なところに、領主様が立っている。
お客さんの拍手で迎えられながら、そちらへ進む。
ベルさんは壇上には上がらず、その横に控えるように立ち止まった。
「ウォルクリス、ここへ。皆さんに御挨拶しなさい」
「はい」
領主様に指示されて、僕は壇上に上がる。
こうなることは、早い段階から聞かされていたので、それほど焦らない。
「はじめまして。ウォルクリスと申します。イリキーヤ様より、新しい料理を広めるようにと命じられ、この場に来ております。どうぞよろしくお願い致します」
言い終えると、僕はボウ・アンド・スクレープと呼ばれるこの世界の男性の伝統的な礼、片方の足を後ろに引きながら、上半身を軽く前に倒してお辞儀をする動作をして挨拶をした。
涼しい顔でやってるように見えるが、内心は「良かった、噛まずに言えた」とホッしている。
大広間に、一斉に拍手の音が響く。
来客だけでなく、領主様とベルさんも拍手してくれた。
僕の言葉に嘘は無い。
この場に立つ前に、イリキーヤ様と話せて良かった。




