ep30:神様の事情
「謝る必要は無いわ」
誰かの声がする。
少しハスキーな女性の声だ。
「……え?」
お詫びを呟き終えて目を開けると、辺りの風景が変わっていた。
西洋風の室内から、畳の和室へ。
テーブルは消えて、室内の中央にあるのは囲炉裏になっている。
囲炉裏の向こう側に、赤と黄色の着物を着た女性が正座していた。
女性の肌は白く、唇には紅をさしていて、顔立ちは東洋と西洋のハーフっぽい。
「おこしやす」
「……へ?」
三つ指をつく女性から唐突に京都弁で言われて、僕はポカンとしてしまった。
最初に聞こえたのは、共通語だったのに、何故に京都弁?
「おこしやすという言葉は、遠いところから来た人をねぎらう言葉だと聞いたのだけど」
着物姿の女性が、コテンと首を傾げる。
長い黒髪が、その動きに合わせてサラッと揺れた。
「えーと、多分それは京都という一部地域の言葉ですね」
「では、其方の故郷ではなんと言うの?」
「遠路はるばるようこそ、と言うのが一般的ですよ」
「そうなの。では……遠路はるばるようこそ」
女性は言い直して、上品な笑みを浮かべる。
彼女に関する情報は、ウォルクリスの記憶には無い。
しかしそのことが、彼女が何者であるかを悟る鍵となった。
「はじめまして、鷹野と申します。あなた様はイリキーヤ様でしょうか?」
「ええ、人々は私をそう呼ぶわ」
僕の問いかけは肯定された。
お城で見た神像とは似ても似つかない和装美少女だけど。
この場面で現れるなら、火食の神イリキーヤ様だろうと思った。
「申し訳ございません。異世界知識をイリキーヤ様の加護ということにしてしまいました」
僕は叱られる前に土下座して詫びる。
とにかく謝っとこうと思った。
「大丈夫。正しく説明しても信じてもらえない筈だから」
イリキーヤ様は穏やかに言う。
怒っている様子はなかった。
「それに、其方をこの世界に招いたのは私だから、無関係ではないし」
「えっ?」
ようやく、謎が解ける予感。
せっかく会えたし、この入れ替わりについて聞いておこう。
「僕とウォルクリスが、何故入れ替わるのか、教えてもらえますか?」
僕の問いかけにイリキーヤ様は頷く。
ずっと知りたかったことが、ようやく分かるときがきた。
「まず、其方を招くに至ったのは、ラ・テールのせいだと言っておくわ」
「大地の神様ですね」
「そう。彼女が、とある物を食べたいと言い出して、日本へ行ってしまったの」
「えっ、自分で異世界へ行っちゃったんですか?」
どうりで、ラ・テール様にお祈りしても無反応なわけだ。
しかし神様が日本に行っちゃって、大丈夫なのか?
「おかげで私は彼女の役目を代行させられて、忙しくてしょうがないわ」
イリキーヤ様が、はぁっと溜息をつく。
どうやらお疲れのようだ。
「連れ戻すことは、できないんですか?」
「そのために、其方をこちらへ招いたのよ」
「もしかして、こっちで和食が広まれば、戻ってくるみたいな感じですか?」
僕たちの入れ替わりは、日本の料理を異世界に持ち込むためだったのか?
しかし、イリキーヤ様の答えは、ちょっと違った。
「正しくは、其方が作る物がこの世界のどこかに根付けば。知らずにラ・テールの胃袋を掴んだ其方次第ね」
「えぇっ?!」
「まあとりあえず、リシュ領に其方の味を広めて頂戴」
知らずに異世界の神様の胃袋を掴んだ?
もう少し詳しく聞きたかったが、そこで神様の空間から出されてしまった。




