ep28:食の戦場?
朝稽古が終わる頃。
騎士団の稽古場に、ベルさんが来た。
コックコート姿の美少女が、皆の注目を浴びながら、まっすぐに僕の前まで歩いてくる。
長いプラチナブロンドは、バンダナに包まれていて見えない。
髪を隠していても、宝石のように澄んだ深緑の瞳や、シミなど一つも無い真っ白な肌に覆われた彫りの深い顔は、彼女が美人であることを示していた。
「ウォルくん」
小柄なベルさんが、大きくて睫毛が長い緑の瞳で、僕をじっと見上げてくる。
近い、近いよベルさん。
この距離で微笑まれたら、誤解してしまいそうだ。
しかし、そこにロマンス要素は無いことを、僕は既に知っていた。
「おはようございます」
僕は営業スマイルで挨拶する。
2回目ともなれば冷静だ。
「うん、おはよう」
ベルさんは白くて細い両手で、僕の両手を優しく掴む。
ふわっとした微笑みは、人生に疲れたオッサンも癒されそうな慈愛を感じる。
もちろん、そこにも恋愛的な感情は無いだろう。
「ベルさん、どうしたんですか?」
僕が問いかけると、ベルさんは答える代わりにニッコリ微笑む。
新しいマメが潰れてヒリヒリしていた痛みが、スーッと消えていく。
ベルさんがまた治癒魔法を使ってくれたんだと分かった。
僕の手を癒し終えると、ベルさんはそっと手を離した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
僕が微笑んでお礼を言うと、ベルさんも微笑み返す。
騎士団メンバーには何が起きたか分かってないから、みんなキョトンとしていた。
ベルさんが治癒師であることは、あまり知られていないのかもしれない。
っていうか、無詠唱で治癒魔法を使ってるから、言わなきゃ誰も気づかない気がする。
前回は手を繋がれて街まで連れて行かれたけど。
今回は外出ではない気がする。
ベルさんは調理場での服装と同じだし、ショルダーバッグも下げていない。
(何だろう? 買い物ではなさそうだけど……)
思った直後、彼女は想定外の行動に出た。
ベルさんは屈託のない笑顔で、僕の左腕に自分の腕を絡める。
「じゃ、行こっか」
「え?」
僕たちはまるで社交の場に出るカップルみたいな図になった。
前回とは違う展開に、ちょっと驚いてしまう。
初心な少年なら、誤解するかもしれない。
「食の戦場へ!」
ベルさんは悪戯っぽい笑顔になった直後、空いている片手でお城を指差して言う。
まるで女指揮官のように勇ましい。
キレイカッコイイけどさ、食の戦場って何?
「あ~、ウォル、今日は巡回行かなくていいから」
一方、ちょっと気の抜けた口調で言うのは、我らが騎士団長である。
この城の上下関係は、騎士団長よりも料理長の方が上らしい。
僕はわけがわからないまま、問答無用な感じでお城の中へと連行されるのだった。




