ep24:ベルさんから教わる鹿肉の燻製
シャスール先輩の変なうんちくを聞いてしまったが。
狩りそのものは、大成功だった。
「ベル、春の宴に使う肉は、このくらいでいいか?」
「ありがとう。充分よ」
バスチアン先輩が声をかけると、ベルさんが笑顔で振り返った。
ベルさんは白い割烹着のような作業着を身に着けていて、刃元が厚く頑丈に作られた解体用ナイフを持っている。
美しいハーフエルフの少女が、血に濡れたナイフを持つ姿は少々ホラーっぽくて怖い。
お城の裏手にある広場。
そこは今、食材となる生き物の解体場となっている。
「凄い! たくさん獲れたわね」
「今年は鹿が大繁殖してるみたいだから、多めに狩ったよ」
バスチアン先輩が言う通り。
森では、子鹿を連れたメスがやけに多かった。
野生動物の大繁殖は、生態系のバランスを崩す。
鹿が増えすぎれば、森の草木が食べ尽くされるだけでなく、農作物への被害も増える。
森が近い農村で生まれ育ったウォルクリスの知識は、僕に大繁殖の危険性を理解させてくれた。
「じゃあ、どんどん解体しちゃうわね」
「て、手伝おうか?」
笑顔で解体するベルさんに、バスチアン先輩がちょっと慄きながら聞く。
ベルさんはバスチアン先輩、シャスール先輩を見てウーンと首を傾げる。
(ダークマター職人は、解体もダメダメなのか?)
そんなことを思いつつアウラウダと共に待機していたら、ベルさんの視線がこちらに向いた。
何か期待するように、彼女の表情がぱぁっと明るくなる。
え? 解体?
ウォルクリスの知識として知ってるけど、僕にできるかな?
「ウォルくん、手伝って」
「……はい」
ベルさん、血濡れのナイフ片手に微笑まないで。
刃物を持って走ってくる強盗よりも、刃物を持って微笑む美女の方が怖い。
僕がそんなことを思ったのは内緒だ。
◇◆◇◆◇
「ウォルくんには、燻製作りを手伝ってもらうわ」
「分かりました」
大きな肉の塊を切り分けながら、ベルさんが言う。
僕は汲み上げ井戸の水で両手を洗った後、調理台に置かれている壺からゼリー状の物を取り、両手の指先から手首まで塗りつける。
肌に優しい植物性コーティング剤は、すぐに乾いて薄手の手袋になった。
(ベルさん、解体スキル高いな)
肉の山と化したシュヴルイユを眺めて思う。
解体は驚異の速さで終わり、僕の出る幕は無かった。
僕の役目は、その後だった。
「この塊に、塩と胡椒をもみ込んでくれる?」
「はい」
「終わったら、ここに並べてね」
「はい」
ベルさんが切り分けたシュヴルイユ肉を僕が受け取り、セルとポワーヴルをもみ込む。
地球で作られる燻製と最初の工程は似ているが、その後が違う。
塩胡椒をもみ込んだ肉を調理台に並べたら、ベルさんが片手をかざして魔法を起動した。
生活魔法:水分の除去
魔法の効果で、肉の水分が抜けていく。
生活魔法:塩抜き(デサレ)
水分を抜いた肉から、適度に塩分が抜き取られる。
この塩梅は、魔法を使う者の調理センス次第。
地球での工程なら、塩とスパイスで1~3日間冷蔵庫で寝かせた後、流水で塩抜きし、水分を拭き取って1~2日しっかり乾燥させるところだ。
「よし、乾燥と塩抜きが済んだ肉を燻製窯に入れてくれる?」
「はい」
燻す工程は熱燻と呼ばれる方法で、40分ほどで終わった。
使っているスモークチップは、ほのかに甘く、上品で温かみのある香りがする。
「あとは燻製庫で保管しておけば、味が馴染むわ」
異世界の燻製は、短時間でできるお手軽食品だった。
但し、魔法を使える人に限る。
魔法の使い方を知らない僕や、ダークマター職人の先輩たちには無理そうだ。




