ep23:異世界の鹿
異世界で目覚める、三度目の朝。
僕は若くて身軽な少年の身体を羨ましく思いつつ、ベッドから出て顔を洗いにいった。
(若いって、いいなぁ)
ウォルクリスとして目覚める朝に、身体の軋みは無い。
スッキリ爽やかに起きられるのは、血行が良いからだろう。
宿舎の洗面所は共同で、通路の突き当りにある。
水道の構造は日本のものと似ているが、水は日本よりも冷たくて気持ちいい。
バシャバシャと顔を洗い、持ってきたタオルで拭いていると、背後から声をかけられた。
「ウォル、今日は森へ鹿狩りに行くぞ」
バスチアン先輩の声だ。
鹿狩りとは、偶然が過ぎる。
ウォルクリスの経験と僕の経験は、何かリンクでもしているのだろうか。
「何か準備するものはありますか?」
「武器庫から自分に合った弓矢を持っていってくれ」
「分かりました」
鹿狩りメンバーは、バスチアン先輩、シャスール先輩、アウラウダ、僕。
この世界の鹿は、シュヴルイユと呼ばれる小さめの鹿だった。
シュヴルイユ肉は、濃厚な旨味を持つ高タンパクなヘルシー食材だ。
牛肉に似たキメ細やかな赤身肉は柔らかく、独特の臭みが少ないため、ステーキやローストにすると大変美味である。
「今夜は焼肉かなぁ」
「春の宴の準備さ。俺たちも食えるか否かは、狩りの結果次第だな」
アウラウダがヨダレを垂らしそうな顔で呟く。
【僕】の記憶によれば、故郷の村でも鹿狩りは春に行われていて、狩りの後には村の広場に炭火コンロが並べられ、みんなで焼いて食べるらしい。
「いいか、狙うのは牡鹿だ。頭にハゲが2つあるのが目印だ」
「メスや子鹿は見逃してやれ」
「「はい」」
バスチアン先輩とシャスール先輩に教えられ、僕たちはオスの鹿を探す。
春に鹿狩りが行われる理由は、ウォルクリスの知識にある。
この時期は、メスが子育て中で、オスはナワバリの巡回以外にやることが無い。
秋の繁殖期のオスは大きな角をはやしていて攻撃的だが、春になると角が抜けて大人しくなり、狩りやすいからだ。
食材的なことをいえば、秋の鹿は発情によるホルモン過多で臭みが強いが、発情が終わった春の鹿肉は臭みが減って美味しくなるらしい。
「なるべく年寄りの鹿を狙え」
「怪我や病気で弱ってる鹿でもいいぞ」
「「はい」」
鹿狩りのもうひとつの理由は「増えすぎを防ぐための間引き」だ。
健康な若い個体を残して、寿命が残り少ない個体を狩る。
最初の1頭は、シャスール先輩が仕留めた。
シュヴルイユは、奈良の鹿よりも一回り小さい。
「ヨボヨボだったから、かなりの高齢だな」
「ん? 待てよ? こいつ……」
仕留めたシュヴルイユの首を切り落としてを大木の枝に吊るしながら、先輩たちが呟く。
僕とアウラウダは、次の獲物を探して森の中を見回した。
「あ、やっぱり!」
シャスール先輩が、何か気づいたように声を上げる。
何だろうと思った直後、先輩は言った。
「こいつ、童貞だ!」
「「「は?」」」
バスチアン先輩、僕、アウラウダの声がハモる。
シャスール先輩は、真面目な顔で言う。
「見ろ、袋の中にタマが入ってない。これじゃあ種付けはできないぞ」
「それはお気の毒……だな」
シャスール先輩、今それ気にするところ?
バスチアン先輩が、なんともいえない微妙な顔をする。
アウラウダは困惑していた。
「これは珍しいぞ。種付けしてないオスなら、柔らかくて美味い筈だ」
ちょっとちょっと。
何か誤解されそうな発言になってるよ。
僕も軽く引いてしまい、沈黙して話を聞いていた。




