ep13:鰹の血(ル・サン・ドゥ・ボニート)
様々な露店が並ぶ道を抜けると、前方に海が見えてきた。
魚介類を炭火で焼く良い香りが漂ってくる。
【僕】の記憶によれば、リシュ領は肥沃な大地の恵みに加えて、海産物も豊富に獲れる海も隣接しているらしい。
「はい、これが鰹の血。この地方の特産品よ」
港近くの魚屋に入ると、ベルさんは棚に並ぶ壺を手に取り、僕に見せた。
壺の中には茶色い粉末が入っていて、鰹節と醤油を混ぜたような香りがする。
(なんて素晴らしいんだ。異世界で醤油があるとは……!)
じーんと感動していたら、ベルさんが壺を持って店のカウンターへと歩いていく。
今日は注文しにきただけだと言ってたけど、買って帰るものもあったのかな。
「はい、これは騎士団のまかないに使ってね」
「え? いいんですか?」
まさか騎士団用だとは思わなかったので、僕は驚いて聞いた。
荷物持ちのつもりだったから、今日は財布を持ってきていない。
いいものを見つけたら、団長に言って経費で買いにこようと思ってた。
「実は、領主様から騎士団の食材用のお金を預かってきたの。ウォルくんなら食材を無駄にしないから、買ってもいいって言ってたわ」
「……いい人だ……」
ベルさんが天使に見える。
領主様が神様のようだ。……悪人面とか思ってゴメンナサイ。
「その代わり、何か美味しそうなものを作ったら、城にも届けに来いって言ってたわ」
「……食いしん坊だ……」
領主様の気前が良い理由が、とても分かりやすい。
あの人、食べることに関しては選民意識ゼロかもしれない。
「グルマンディーズ様は子供の頃から、美味しいものを食べることが最高の幸せだって言ってたからねぇ」
魚屋のおばちゃんが、会話に加わってくる。
60代くらいかな? 女性に年齢は聞かないけど。
「そうね、小さい頃はお菓子を作って差し上げると、満面の笑みで受け取ってらしたわ」
ベルさんが領主様の幼少期を知っている件については、深く突っ込まないでおこう。
ハーフエルフは五百年くらい生きるらしいけど、年齢を聞いたら怒られそうな予感がする。
「そりゃあベルさんのお菓子は美味しいもの。私も子供の頃は貰うのを楽しみにしていたわ」
どうやら、魚屋のおばちゃんはベルさんより年下らしい。
そこらへんも、突っ込んだらダメなやつだな。
僕が大人しくしていると、ベルさんの視線がこちらに向いた。
「ウォルくん、他に欲しい食材はない?」
「あ、じゃあこの桶に入っているやつが欲しいです」
僕が指さす桶には、ウネウネした赤茶色の生き物が入っている。
鮮度が落ちないように、氷水に漬けられていた。
「蛸ね。何を作るの?」
「できてからのお楽しみということで。そこの棚にあるやつも使いたいです」
「鰹節薄片ね。何ができるか気になるわ」
「アタシも気になるねぇ」
「後でお裾分けしましょうか」
「あら嬉しいね。それなら材料はサービスしとくわ」
思いがけぬサービスをしてもらい、僕とベルさんは銅貨1枚使うことなく帰ることとなった。




