ep12:異世界の商店街
美味い物の宝庫と言われるリシュ領の街には、産地直送とれたて新鮮な食材が溢れている。
春先の今は、シュー・ドゥ・プランタン(春キャベツ)や、オニョン・ヌーボー(新玉葱)の他に、レ・ビアンフェ・ドゥ・ラ・フォレ(森の恵み)と呼ばれる山菜を売る露店も並んでいた。
「もうすぐフェット・ドゥ・プランタン(春の宴)があるから。今から食材の準備をしておくのよ」
そう話すベルさんは、プラチナブロンドのサラサラストレートヘアを風になびかせて歩いている。
厨房ではバンダナに覆われて見えなかったけれど、彼女の髪は膝くらいまでのびた長髪だった。
服装もパステルグリーンの生地に蓮華に似たピンク色の花が刺繍されたワンピースで、春らしくお洒落な装いだ。
「荷物運びは任せて下さい。こう見えても筋力はありますよ」
隣を歩く僕は、何故かベルさんに貰った外出着を着ている。
天然の綿や麻の風合いを残したベージュがかった白の長袖シャツと、ダークブラウンの長ズボン。
胸元を紐で結ぶスタイルは、この国の男性服に多い。
実家から持ってきた私服はどれも兄のおさがりで、洗濯しても落ちないシミがあったり、裂けた裾を縫ってあったり、どう見てもボロ服だったので、真新しい服を貰えたのはありがたい。
「今日は品物を見て注文するだけだから、荷物持ちは無いわ」
「え? じゃあどうして僕を連れて来たんですか?」
女性の買い物に付き合わされる男性の役目といえば、ほぼ荷物持ちだと思うんだが。
今日は荷物持ちはないらしい。
「スープパスタの食材選び、ウォルくんがやるのがイチバンでしょう?」
「なるほど」
どうやら、春の宴でスープパスタを出すらしい。
僕にその材料を選ばせるために連れてきたのか。
しかし、すれ違う通行人が見惚れるような美女と手を繋いで歩いていると、羨望の視線がこっちに飛んでくる。
(違う、デートじゃないんだ。羨ましがられることはしていない……多分)
内心苦笑しながらベルさんと手を繋いで歩く僕は、茸を並べた露店の前で立ち止まった。
干した茸が、籠に盛られている。
日本のスーパーで売ってる干し椎茸そっくりだ。
「ベルさん、この干し茸を買いませんか?」
「シータケね。良い出汁がとれるわ」
僕の提案で、ベルさんは干し茸を注文してくれた。
椎茸に似た茸は、名前もほぼ同じらしい。
生のシメジとマイタケも一緒に。
これでキノコのパスタが作れそうだ。
(椎茸の出汁には醤油が欲しいところだけど……)
僕は茸の露店を離れた後、あちこち見て回りながら、醤油っぽいものがないか探し続けた。
騎士団の支給品には、醤油は無い。
しばらく歩くと、スープを売る屋台が見えて、鰹出汁と醤油を混ぜたような良い香りが漂ってくる。
この香りは、【僕】の記憶には無い。
もしかして、リシュ地方だけの調味料だろうか?
「ベルさん、あの屋台から漂ってくる香り、調味料は何か知ってますか?」
僕はベルさんに聞いてみた。
何度もここへ来ている彼女なら、分かるかもしれない。
「あの香りは【ル・サン・ドゥ・ボニート(鰹の血)】ね。ボニート(鰹)という魚からとれる血液を、乾燥させて粉にしたものを使ってるの」
「それは、僕たちも手に入れられるものですか?」
「勿論よ。魚屋に売っているわ」
「じゃあ、買いに行きましょう」
「OK。魚屋はこの先よ」
ベルさんが教えてくれた情報は、僕の期待を満たしてくれた。
魚の血液から出汁醤油みたいなものが採れるとは驚きだけど。
粉末にしたそれを手に入れられたら、さっき買った茸で和風パスタが作れる。
僕はベルさんに案内されながら、魚屋へ向かった。




