ep129:鴨(カナール)と白葱(ポワロー)のスープ
エルフのお城の厨房。
僕とベルさんは、わずかに開けた引き戸の隙間から、中の様子を窺う。
調理台の上で、踊っているのは白葱だ。
四十~五十本くらいの白葱が、輪になって跳ねながらスローテンポで回っている。
その動きは、マイムマイムを連想させた。
「あれを捕まえて調理するんですか?」
「そうよ」
死んだ魚みたいな目をしていたベルさんは、厨房に近づくとシャキッとした。
プライベートでメンタルやられても、仕事になると切り替えられるタイプかもしれない。
(あの数を捌くのか……)
動く白葱の面倒臭さは、リシュ城の厨房で見学済だ。
一本でもあんなに苦労するのに、それが五十本近いとは。
「白葱の動きを止めるのは、竹串だけですか?」
「貫けるなら何でもいいけど、木属性以外で攻撃すると味が落ちるのよね」
白葱は意外とデリケートな食材らしい。
僕は豊穣の女神ラ・テール様の加護があるので、土属性の派生である木属性魔法は上級まで使える。
「木属性魔法、試してみます」
「頑張って」
僕は魔法の形をイメージしてみた。
参考にしたのは、洞窟での狩りでリュンヌ様が放った魔法だ。
あのとき彼女は、自在に曲がるレーザー光線のようなものを放っていた。
あれを他の属性に応用できるかもしれない。
(木魔法を竹串みたいに細く鋭く、しなやかに曲がって白葱を貫くように……)
僕は引き戸で身を隠しつつ、隙間から木属性魔法を放つ。
木は細く長く鋭く伸びていく。
竹串みたいな木は、調理台に到達して、最初の白葱を貫いた。
続けて、白葱たちを次々に串刺しにして回る。
四十~五十本ほどいた白葱たちは、踊りの輪になったまま木の串に貫かれて動かなくなった。
「やるじゃない」
「リュンヌ様が使っていた魔法を参考にしてみたんです」
「……ふうん」
ベルさんが褒めてくれた。
しかし、リュンヌ様の名前を出した途端、空気の温度が下がってしまった。
さて、どうしよう?
「じゃ、調理をはじめましょうか」
僕は気づかないフリをして、スープの準備を始めた。
材料は、カナール・アヴェック・オス(骨付き鴨肉) 、ポワロー(白葱)、セル(塩)、ポワーヴル(胡椒)、ル・サン・ドゥ・ボニート(鰹の血)、オー(水)。
鴨肉を水炊き用くらいのサイズに切り、塩胡椒を振る。
ヴォック(中華鍋)で軽く炒めて焼き色を付ける。
鴨を炒めて出た油で白葱を炒める。
マルミット(深鍋)に炒めた鴨肉と白葱と水を入れ、アクとりしながらしばらく煮込む。
鰹の血を入れて、味を整えたら出来上がり。
鴨の脂肪は料理の風味を向上させるので、ガリア王国の伝統料理には欠かせないとされている。
濃厚でコクのある高品質な脂で、スープに溶け込むと素晴らしい旨味を出してくれた。
鰹出汁醤油みたいなル・サン・ドゥ・ボニートとの相性もバッチリで、美味しい和風スープに仕上がった。
「ん、美味しい。白葱はエルフの森産が一番だわ」
味見をしたベルさんが微笑む。
苦労した甲斐があり、白葱はスープに素晴らしい味を添えてくれた。
甘みがあるとろけた白葱は、ほろほろに煮えた鴨肉と共にスープの主役になっている。
「ベルさんのおかげで、美味しい料理ができました。いつも色んなことを教えてくれて、ありがとうございます」
「えっ、な、なに? どうしたの? 改まって」
「今の僕があるのは、ベルさんのおかげです。だから、きちんとお礼を言いたかったんです」
僕はベルさんに感謝の言葉を告げて、胸に右手を添えて一礼した。
ベルさんが、ちょっと狼狽していた。
僕がル・キュイジニエ・ドゥ・デュー(神の料理人)という地位を得たのは、ベルさんが領主様に言って春の宴で発表してもらえたからだし。
魔法も、ベルさんが基礎を教えてくれたから使えるようになった。
僕にとっては、主であるリュンヌ様も大切だけど、ベルさんも師匠として大切な存在なんだ。
その気持ちが伝わったらいいな。




