ep09:商店からの御褒美
鈴村さんとの電話を終えた後、僕は外出着に着替えて外に出た。
昨日買う予定だった食材を買い損ねている。
僕はいつものスーパーに向かって歩いて行った。
「あ! 昨日のおじちゃんだ!」
商店街に入った途端、子供の無邪気な大声が響く。
ビクッとして振り向いた僕に、6~7歳くらいの少年二人が笑顔で手を振った。
いつもこの辺りで遊んでいる子たちだから、顔ぐらいは知っている。
彼らは珍しく僕に駆け寄って話しかけてきた。
「おじちゃん、どこ行くの?」
「か、買い物だよ」
「何買うの?」
「お肉とお野菜だよ」
「ぼくんち肉屋! あっち!」
「ぼくんち八百屋! こっち!」
警戒心の無い子供たちに圧倒されつつ話していると、個人商店のアピールをされた。
商店街の子供たちは、社交的で営業熱心なのか。
肉屋の子供に手を引かれ、店まで連れて行かれた僕は、スーパーに行くのを諦めた。
「らっしゃい! お、昨日の兄ちゃんか」
「おじちゃんじゃないの?」
「父ちゃんより年下だから、兄ちゃんでいいんだよ」
肉屋の店主と息子が、僕の呼び方について話している。
僕はアラフォーなので、小学生から見れば完全なるオッサンだ。
しかしアラフィフっぽい店主から見れば、兄ちゃんつまり若い男ということになるらしい。
「兄ちゃんこれ持ってきな」
「え? いいんですか?」
「おう。商店街の平和を守ったお礼だと思ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
肉屋の店主に、和牛の霜降りステーキ肉を貰ってしまった。
ひったくり犯を捕まえたことが、商店街の平和を守ったことになるとは思わなかったよ。
「あいつを捕まえてくれてありがとう。これはお礼、持っていってね」
続いて八百屋の子に店まで連れて行かれると、店主の奥さんに笑顔で迎えられた。
八百屋では、大根と胡瓜と茄子を袋いっぱい貰ってしまった。
「あいつは凄く足が速くて、いつも逃げられてたのよ」
「常習犯だったんですね」
あのひったくり犯は、余罪があるらしい。
確かに犯人の男は足が速かった。
僕ではない誰かが追いつくことができたのは、すれ違ってすぐ駆け出したこともあるけれど、翌日筋肉痛になるくらいの猛ダッシュがあったからだろう。
八百屋を出て歩いていたら、道ですれ違う人々が会釈してくる。
会釈する人々が、昨日の現場を見ていたのか、ニュースを見たのかは分からない。
ひったくり犯人を捕まえたのは僕ではない誰かなので、少々申し訳ない気もする。
(いつもより混んでる……)
コンビニの前を通ったら、店内にいるお客の数が多かった。
レジにいる店員が、照れくさそうに笑いながら接客している。
昨日、機転を利かせて犯人の手足をガムテープぐるぐる巻きにした店員だ。
多分、ニュースを見た人々が話しかけているんだろう。
僕は店内の人々に気づかれないように、回れ右で立ち去った。
◇◆◇◆◇
結局1円も使わずに帰宅した僕は、滅多に食べられない霜降りステーキを夕食に頂くことにした。
大根はおろして和風ダレに、胡瓜は酢の物に、茄子は胡麻油で炒めて付け合わせにしよう。
独り暮らしでは一度に食べ切れないから、野菜の半分くらいは漬物にするかな。
茄子は素揚げして冷凍保存がいいかもしれない。
(霜降りステーキ、うまっ!)
表面をカリッと焼いた和牛の霜降り肉は、ナイフがスッと通る柔らかさで、口の中でとろけるような食感、脂身の甘みとコクがある美味なるものだった。
これは、庶民にとっては禁断の味だ。
この味に慣れてしまってはいけない。
もしも和牛を食べ慣れてしまったら、アメリカ産牛肉は獣臭く感じるかもしれない。
(僕ではない誰か、ありがとう。おかげで豪華なメシが食えたよ)
ステーキを美味しくいただいた後、僕はそっと手を合わせて感謝した。
謎の土曜日については、考えても答えが出てこないので、気にしないことにしよう。




