ep08:謎の土曜日
(……あれ?)
時計のアラーム音で目が覚めたら、見慣れた天井が視界に入った。
住み慣れた自宅の、寝室の天井だ。
(夢……だったのか)
ホッとしたような、残念なような。
寝てる間に異世界転生したと思ったけれど、単なる夢だったらしい。
(夢にしては、痛みとかリアルだったなぁ)
じっと手を見る。
掌にあったジクジクする鈍痛が無い。
マメだらけの少年の手ではなく、シワだらけのオッサンの手に戻っていた。
(まっ、いっか)
僕は夢オチと判断して、ベッドから降りた。
何故か両足が筋肉痛になっていて、動かすと痛い。
(おかしいな……昨日、筋肉痛になるようなことしたか?)
痛みに顔をしかめつつ、ベッドサイドの置き時計を見る。
デシタル表示の日付と曜日を見たとき、僕は異変に気付いた。
(え? 日曜? 寝たの金曜の夜だぞ)
寝てる間に土曜日が終わっていた。
二連休のうち一日を爆睡してしまったのか。
(って土曜、特売日だったのに!)
生活感溢れる後悔が心の中に広がる。
安月給の独身オヤジにとって、特売日は大事な日だ。
買い物に行けなかったことを残念に思いながらキッチンへ行くと、さらなる異変に気付いた。
(……え? なんだこれ?)
ダイニングテーブルの上に、贈答用の籠盛りフルーツが置いてある。
誰かが少し食べたのか、バナナの房には実をもぎ取られた茎が二つ残っていた。
寝る前は無かったし、僕は独り暮らしで、家族も同居人もいない。
(不法侵入か? ホラーか? 訳が分からん……)
果物を見つめて考えていたら、意識の片隅に自分のものではないような記憶が蘇る。
空白だった土曜日の記憶が、パズルのピースを嵌め込むように記憶の一部に入った。
それはまるで昨夜見た夢のように、自分とは違う者の記憶を共有したような感じだ。
(なんなんだ、この記憶は……)
僕が困惑と混乱で青ざめていると、テーブルに置いたスマホが鳴った。
スマホの画面を見ると、発信者は鈴村さん、職場で同期の女性社員だ。
「鷹野くん、ニュース見た?」
「いや、今起きたところだけど」
「テレビ、つけてみて!」
「つけたけど……っ?!」
鈴村さんは、何か面白いことを見つけたときみたいに声のトーンが高くなっている。
何のニュースだろうと思いつつテレビをつけた僕は、映像を見て固まった。
テレビに、僕そっくりな人物が映っている。
着ているジャケットは、僕が外出する際によく着ているものと同じ。
おまけに、その人物がいる場所は、僕がいつも買い物に行く商店街だ。
テレビに映っているのは、現場にいた通行人や、商店街の監視カメラが撮影したものを繋ぎ合わせた映像だった。
二十代くらいの男が、OL風の若い女性からハンドバッグをひったくって逃走する。
女性は必死で叫んで追いかけるが、全然追い付かない。
逃げる男が途中ですれ違ったのが、僕そっくりな人物だ。
僕そっくりな人物は、ハッと振り返ったかと思うと猛ダッシュで犯人を追いかける。
近くまで追いつくと、前方ジャンプからの肘鉄を犯人の背中に食らわせた。
体重の乗った肘鉄で転倒した犯人に、コンビニの制服を着た青年がガムテープを手に駆け寄る。
コンビニ店員はガムテープを使い、犯人の両手両足をグルグル巻きに縛り上げる。
僕そっくりな人物は犯人からハンドバッグを取り上げ、走ってきた被害者女性に手渡した。
(……これは、僕じゃない。……でも、なぜ記憶があるんだ?)
呆然としながら、僕はテーブルに目を向ける。
いきなり湧いた記憶によれば、被害者女性はペコリと頭を下げた後、近くの青果店で籠盛りフルーツを二つ買って僕とコンビニ店員に手渡した。
(……まさか、この果物は……)
テーブルにある果物は、謎の記憶にあるものと同じ。
僕じゃない誰かが僕の身体で行動して、ここまで持ち帰ったものだ。
僕じゃない誰かは騒ぎの後はコンビニで弁当を買い、そそくさと現場を離れて帰宅している。
帰宅した後は、弁当を食べて果物の中からバナナをもいで食べて、腹を満たしたらしい。
「犯人に体当たりした人、鷹野くんでしょ?」
「多分……そうかな?」
「凄いね! かっこいいじゃん!」
鈴村さんがハイテンションで褒めている。
電話の向こうの彼女には、僕が愕然としているのは見えていない。
人違いだとは言えなかった。
籠盛りフルーツはここにあるし、両足の筋肉痛が猛ダッシュの痕跡として残っている。
極めつけは、脳裏に新しく刻まれた記憶。
いきなり「自分が知っていること」になったけど、一体何なんだ?
僕じゃない誰かの行動の記憶は、自宅で本を読んだりテレビを見たりして過ごし、いつもの僕のようにシャワーを浴びて、パジャマに着替えてベッドに入ったところで終わっていた。




