ep83:ちょっとそこまで
「じゃ、いこっか」
言いながら、ベルさんはエプロンをはずして壁のハンガーにかける。
バンダナもはずしてエプロンと一緒にハンガーにかけた。
綺麗なプラチナブロンドの三つ編みが、頭に巻き付けるようにまとめられている。
コックコートはそのままで、ちょっと近所に行ってくる感覚だ。
「なんか手土産持ってった方がよくないですか?」
日本人の感覚で、僕は御挨拶の品が必要かと気になってしまう。
とりあえずコック帽とエプロンははずして小脇に抱えた。
「なら、このプリンを1個持って行けばいいわ」
ベルさんは調理台に置いてあるプリンを一つ取ると、壁にかかっていたショルダーバッグに入れる。
いつも買い物に行くときに持っていたバッグとは違うデザインで、緑の葉っぱの刺繍がついていた。
あれ? あんなバッグ前からあそこにあったっけ?
ベルさんが持ってるところも見たことないな。
っていうか、プリンそこに入れるの?
「バッグに入れて零れませんか?」
僕は心配になって聞いた。
蓋つきカップとはいえ、密閉してるわけじゃない。
傾ければ中身が零れ出る。
バッグの中がプリンまみれになりそう。
しかし、ベルさんは平然として言う。
「大丈夫、この中は異空間だし、状態保存の魔法がかかってるから」
……マジックバッグが普通に壁にかけてあったー!
ラノベに出てくる主人公の標準装備じゃないか。
レア品だったりユニーク装備だったりするアレが、おでかけカバンみたいに普通にそこにあったよ……。
「かわいいでしょ? これ。ママの手作りなのよ」
ベルさんは僕の動揺には気づかず、お気に入りの品らしきそれを自慢する。
彼女にとっては、身近な品なんだろうか?
娘に手作りのマジックバッグをあげるお母さんって普通なの?
この世界のエルフは、どういう生活をしてるんだろうか。
「じゃ、領主様、ちょっと行ってきますね」
「う、うむ」
ベルさんに言われて頷いた領主様は、チラッと彼女の手を見る。
彼女の手には、僕の手がしっかり掴まれていた。
もう何度も繋がれてるんだけど、領主様の目の前では初めてだったかもしれない。
領主様がベルさんを溺愛しているっぽいのは知ってる。
でもその感情が恋愛なのか、家族に対するようなものなのかは分からなかった。
ベルさんは僕の手を引いて歩き出す。
厨房を出て、お城を出て、向かう先はいつも狩りに行く森だ。
彼女は森の入口で立ち止まり、呼びかける。
「ママー、開けてー」
まるで学校から帰った小学生のようだ。
僕は拍子抜けしてコケそうになった。
ベルさんが呼びかけた途端、前方の風景が変わった。
いつも歩いていた森よりも、木々が大きい。
初めて見る植物が、あとこちにはえている。
風に乗って流れてくるのは、楽園を思わせる芳しい花の香り。
エルフの森は、リシュ城のすぐ隣にあった。




