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57.ママの正体(1)


    ■□■□■



「海軍大将だなんて……。アイツより階級が上じゃない」


女はぼやき、そろそろ潮時かと、首をふる。


聖のためにもう少し頑張りたかったとの思いもあるが、謙介のほうがそろそろ限界なのだ。


「悪人はたくさんやっつけたよ。だからそろそろ、ママは終わりにしようと思うの。それに、ほら、聖の仇も討ったのよ」


女はいいながら、警察のデータベースにアクセスした。だが、三上京子が死亡したとの記録は見当たらない。


ぐちゃぐちゃになって燃えちゃったから、まだ人物を特定できていないのね、オホホッ! 


女の顔が恍惚に歪んだのも束の間、例の時間、例の倉庫街で、無人の車が炎上したという記録を見つけて表情をなくした。


バカな! バカな! バカな! 


女は半狂乱となって、近くにあったモノを手当たりしだいに投げつけた。




    ■□■□■




雲一つない青空の下、相馬彩子は要塞母艦スサノオの飛行甲板に立ち、潮風で乱れた髪をかきあげた。


青く続く水平線の先に、紀伊半島の山々が見える沖合だ。それでも高速ヘリなら、ここからコウベまで十分ほどで着くだろう。



それにしてもと、彩子は甲板を見渡す。


全長一キロと、小島のような広をほこるスサノオの甲板には、自分たちを除いては誰もいないのだ。


本来なら、整備員や誘導員やらが走りまわっている。なにせ、海軍が誇る日本最大の軍艦であるスサノオには、常時六千人もが乗船しているのだ。


スサノオ自体の運用に人手がいるのはもちろんだが、大量の航空機に、巡航艦や潜水艦まで搭載している。


また、動く武器庫と揶揄されるくらい兵器もたくさん装備している。月まで届くミサイルに、何度も人類を絶滅できる量の核弾頭まで。


それらの保守にも多くの人手が必要で、六千人いても余裕があるとはいいがたい。


その六千人は今、船内で待機状態となっている。京子たちリクレンジャーの面々を迎えるためだ。


『姫』のスパイがどこにいるかわからない以上、完全なる情報遮断が必要なのだ。



午後三時、予定どおりにヘリコプターは到着した。


「来たか」と口にしたのは、海軍大将の富士だ。珍しく機嫌は良さそうだ。


「そのようです」静かに答えたのは海軍少将、山口。いつものように富士の隣で、姿勢を正している。


今年、大佐から少将に昇格した山口は、富士にとって腹心と呼べる男だ。忠誠心も強く正義感もあり、人格者。さらに、五十を超えても衰えを感じない引き締まった身体はスラリと高く、顔つきも俳優なみに精悍だ。


既婚にもかかわらず、未だに海軍内の結婚したい男ランキングで上位に入ってくる。


一方の富士は背が低く、ギョロギョロと大きな目をせわしく動かすカメレオンみたいな顔をしている。


喧嘩っ早く横暴で大人げもない。早く退官するのが海軍のため、しいてはニホンのためだと彩子はいってやりたいが、もちろんそれを口にすることはない。



ヘリから軍服姿の三上京子が降りてきた。


ピタリと後ろに続くのは星川翠、そして気だるそうな足取りの真理亜、ひょこひょこタラップで遊ぶように降りる山野由紀。


立花楓は……来ていないようだ。


京子は富士の前に立ち、敬礼した。



「ニホン陸軍、三上です」


硬さも気負いも感じない自然体な敬礼だ。富士相手にそのような敬礼ができる海兵が何人いるだろうか。


「富士だ。ご苦労だったな」富士は横柄に敬礼を返し、ニヤリとした。「三上君のことはカメラ越しに見ていたが、実物のほうがずっと美人だな」


「相馬さんには、かないません」京子は笑顔で返した。


もっと堅物だと思っていたが、このような返しもできるようだ。


「彩子はいかん。性格の悪さがにじみ出ているからのお」富士はガハハと笑ってから、ぎらついた丸い目を京子に注いだ。「見たぞ。黒鉄(クロガネ)との緊迫の五分を、な」


事故で死に瀕した少年を、延命という名のもとで兵器へと変えた。その非人道なプロジェクで生みだされたのが黒鉄だ。


昨晩、その黒鉄が京子を襲撃し、その映像を富士の隣で彩子も鑑賞した。


京子の驚くべき身体能力はまだしも、未来を予知しているのかと疑いたくなるほど素早い判断とその的確さには、思わず嘆息を漏らした。



「なすすべなく、ただ逃げまわりました」京子は苦い笑みをこぼした。


「ふん、何をいう。アレに標的とされて、生還できる人間がこの世に幾人いることやら。しかしいくら軍が男社会だといっても、ここまでの逸材を冷遇するとは、陸軍のアホ共も尻の穴が小さいのぅ。どうせチンポも小さかろうて」


「閣下」山口が諌めるようにいった。


「そうじゃったな、今いるのは軍の鼻タレどもじゃなく、うら若き乙女たちだったのう」富士の大きな目がギロリと動いた。「そういえば昨日、ずいぶんな高説を賜ったのだが、どのお嬢さんかのう」


「ワタクシですわ。閣下」翠が一歩前に出た。


「ほう、今日は閣下と呼んでくれるのか?」


「女心と秋の空ですわ、閣下」


「なかなかいいよるわい」富士はガハハと笑い一同を見回した。「立花警部補がいないようだが、昨日彩子にいじめられ過ぎたか?」


「ママの正体を突きとめたとのことで、遅れています」


さらりと京子が答え、彩子はイラつき眉を寄せた。


私が調べてわからないことが、警察ごときに追えるわけないでしょ! そう怒鳴ってやりたいくらいだ。



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