52.海軍大将(1)
大将といえば軍の最高位、制服のトップだ。それを冠することができるのはニホンに三人しかいない。
陸軍大将、空軍大将、そして海軍大将。
立花の想定を超える大物だったが、京子は怯むようすはなく淡々といった。
「証明できるのか?」
「ええ。ここでの会話は私に埋め込んだマイクから、本部にいる富士大将と山口少将に届いているわ。今からそれを証明するから、十分待って」
「時間稼ぎじゃないのか?」
「だとしたら別の方法を使うわ。それよりさあ、そろそろ銃を下ろしてくれない?」
「ダメだ」京子は即座に拒否した。
彩子は舌をだしてから鼻歌を歌いだす。どこまでも舐めた態度だ。
「ところで、俺のほうはいつまで縛られていればいいんだ?」
「私もブルーもイエローも、『人魚』に集中している。動けるのはグリーンだけだが、その強化ロープをグリーンが切るのは難しいだろう」
「わかった。もうしばらく我慢する」立花はいいながら、美沢を見た。
目と口を開けたまま、天を向いて固まっている。椅子の下では赤黒い血溜まりができていた。
美沢は赤ドラの幹部なのだから、もちろん悪党だ。有罪にできる証拠さえあればいつでも刑務所にぶちこんでやりたいし、どこぞで恨みを買って殺されても、マフィア同士の抗争に殉じても、なんら不思議ではない。
そんな生き方を本人が選んだのだから、理不尽だとは訴えないだろう。だが、この死に関しては不本意だったはずだ。
「あんたは……美沢が何も知らないのを、分かってたんじゃないのか?」立花は彩子に視線をやった。
「もちろん」
「だったらなぜ殺した」
「私が本気だとわからせるためよ。刑事さんが口を割る可能性が高くなるからね」
「そのためだけに殺したのか!?」
「そうよ。なにか問題でも?」
「美沢にも家族はいる。マフィアだからって軍の都合で殺されていいものじゃない!」
「じゃあ刑事さんはどうしたいの? 私を殺人の容疑者として捕まえたい?」
「たとえ『ママ』でなくても、捕まえて裁判にかけたいさ」
「そんなことしたら、死んじゃうよ?」
「軍の邪魔となれば、警官でも簡単に殺すわけだな?」
「違う違う、私のことよ。今回のことに海軍が絡んでいるなんて、マスコミには絶対にバレるわけにはいかないのよ。だから、裁判の証言台どころか警察署の取調室に入る前に、証拠隠滅のために私は殺されるわ。ポチッとボタンを押せば私の身体に埋め込まれた毒が血管に流れる」彩子はパチリと片目を閉じた。「可哀相な女でしょ。だから、あまりイジメないでね」
やはりスパイと相容れることなどなにもない。「そうか」と、立花は気のない返事をした。
十分が経ち、「はい、わかりました」と、不意に彩子がいった。
「身体に埋めてるスピーカに、本部から指示があったわ。刑事さんに電話が入るそうよ」
「誰からだ?」
「世界で一番、刑事さんのことが好きな人よ」
俺のことが好きだと? 誰だ! まさか元妻の弥生か? いや、ありえない。では娘の珠理奈か? まてまて、それこそありえない。
考えがまとまらないまま、すぐにコンソールが震えだした。縛られたままの立花は「グリーン」と声をかける。
翠は頷き、立花のスラックスのポケットに手を突っ込み、コンソールを取りだした。
「俺の耳に当ててくれ」
「いやですわ。ワタクシも聞きたいもの。スピーカーモードにしますわね」翠はいい、勝手にコンソールを操作した。
「立花ぁ! お前は今、どこにいるんだっ!」石倉の怒鳴り声だった。
たしかに、俺のことが好きなのは世界でこの人だけかもしれない……。
がっかりしながらも、どこかほっとした立花は、翠が口元に持ってきたコンソールに話しかけた。
「場所はいえません。てか、なんのようですか?」
正確には、場所はわかりません、だ。
「場所をいえないってどういうことだ! なめてんのかっ!?」
「すいません。でも、この電話は説教が目的ですか? 他にいうべきことはありませんか?」
少しの沈黙があり、ため息らしいものがスピーカー越しに届いた。
「海軍大将から長官に連絡があった。非公式で、立花に会いたいそうだ」
警察庁長官に連絡を入れることができる者などそうはいない。それこそ、軍大将レベルだ。
本当に海軍大将の特命で動いているのか……。
立花はチラリと彩子に視線をやる。彩子はすぐさまウインクで応じた。




