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45.人魚の幻影(1)


    ■□■□■




三上京子、その名を見た瞬間、女は全身を震わせた。レザーのオフィスチェアがキィーキィーと悲鳴をあげる。


ついに、あの女に天罰がくだる刻がきた! ママが……ママが、仇を取ってあげるわ! 


女は白く太い指で、コンソールを握り締めて電話を掛ける。


「もしもし、ママ。今日は悲しいことがあったの……」


蘭は切ない声でいうが、女にも余裕はなかった。


「殺して! 三上京子を殺して!」


「……えーと、その人はどこにいるの?」


「すぐに調べるわ!」


女は電話を切り、すぐさま別の連絡先をタップする。




    ■□■□■




翠とは三十分ほどで別れ、京子はショッピングモールのベンチに腰かける。電話が鳴ったのですぐに応じたが、一条ではなかった。


「三上さん! 一条クンが辞めたのだけど、どういうこと!」


大佐秘書の内田だ。開口一番に怒鳴られた。


「私にいわれましても」


「アナタが憂さ晴らしに、いじめたんじゃないの? だとしたらパワハラ、もし心を病んだら立派な犯罪よ。弁護士資格を持つ私なら、彼から事情を聴いて裁判に持ち込むことだってできるのよ!」


「いじめの証拠があるというなら、どうぞ裁判を起こせばいい」


京子は毅然といい放つ。若干の間があってから、脅すように低い声が返ってきた。


「ところで、今、どこにいるの? 報告してくれないかしら」


「アナタにそれを報告する義務はない」京子は一方的に電話を切った。


それからすぐに、一条から連絡があった。


「場所と時間を決めさせていただきました」


「いってくれ」


「二十時にコウベ第七アイランドの四番倉庫街でお願いします」


「その倉庫で会うのか? それとも、そこから移動するのか?」


「船に乗っていただきます。それ以上はまだいえません」


「わかった」電話を切り、視線をあげる。


大スクリーンに夕方のニュースが流れていた。


最近、成人を迎えられた皇族の夢子内親王殿下が、初公務として養護施設をご訪問されたとのことだ。優しげな表情で、子どもたちと会話する映像が流れる。


美しく気品にあふれたニホンの姫を眺めながら京子は、「姫のために」とつぶやく。


一条たちのボスとはナニモノなのだろう? 彼らに許されているのは、「姫のために」という言葉だけだという。


京子は自身も『姫』と呼ばれていたこと思いだす。最後の戦地で小隊長をしていたころ、部下である隊員からそう呼ばれていた。


任務へ出発するさいは、「姫の出陣じゃー」と騒ぎだす。なにか注意をすると、「姫がご立腹だ 」と慌てる。困難な任務計画を立てると、「姫がご乱心あそばされたぞ」とわめく。


小バカにされているようでムッとすることもあったが、やっと手に入れた自分の居場所だという想いが強かった。


しかし、その部下たちは誘拐、虐殺されてしまった……。


自分以外にも『姫』と呼ぶべきものはいる。


翠は財閥令嬢だ。一般人から『姫』扱いされても、なにも不思議ではない。真理亜の場合は、開発コードネームがタイガープリンセス。『姫』を冠している。由紀にも『姫』に関連するものはあるだろうか?


ともあれ、もし、『姫』というのが、私たちの誰かのことであったら、「姫のために」という一条たちは、味方といっても問題ないだろう。


「それは希望的観測が過ぎるな」京子は自嘲気味につぶやいた。普通に考えれば、彼らのボスこそが『姫』であるはずなのだ。



そろそろ時間だ。京子はコンソールで車を呼びだす。


ショッピングモールの駐車場に歩いて向かうと、ちょうど車が来た。


自動運転に任せて、京子は窓の外に視線をやりながら心を静めると同時に、集中力を高めた。


五分ほどで車は埋めた地を結ぶ架橋に入る。海の上から見るコウベの街の光は綺麗だった。そして、闇の中にパラパラと浮かぶ船の光も。


少し先で橋の下にもぐろうとする中型船をなにげなく見下ろしていた京子は、はっと目を見開いた。


船の甲板に『人魚』がいた!



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