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44.私は五分近く息を止めることができます

美沢がブランデーを呑み干し、瑠璃にグラスを突きだす。瑠璃はてきぱきと水割りをつくって美沢に渡してから、立花に視線をやった。


「刑事さん、ありがと。ユウヤからメッセージがあって、別れてくれることになったの。しかも、今まで貢いだ分も返してくれるってさ」


「よかったな。……それはともかく、なんでついてきた? むやみに首を突っこむと、ろくなことにならないぞ」


「いいの」瑠璃は熱い眼差しを美沢に向けて、こんがり焼けた頬を赤めた。


こういう男ばかり好きになるから苦労するのだ、とは口にしなかった。いってどうにかなるものではないのだ。



コウベの中心部にある歓楽街、そのまた中心にある高級クラブが集まるデザイナーズビルに、セブンフルートはあった。


フロアーまるまる五階分ぶち抜いた大箱だ。店には裏口から入って、そのままVIPルームにとおされた。


アンティークの豪華なソファーがコの字に配置されており、高い天井には大中小と色とりどりのシャンデリアが輝く。壁は全面マジックミラーとなっており、下で一般客が楽しむ様子が見えた。


美女と美酒に囲まれながら下民を見下ろす。


マフィア経営の店にありがちな、夜の頂点を満喫できるVIPルームだ。その部屋の主だと主張するかのような態度で、美沢は上座の位置にあるソファーにドシリと腰をあずけた。


「どうだい、旦那ぁ。いい店だろ」


美沢の挑発的な声を無視し、立花はマジックミラーの前に立った。下を見ると空席はなく、黒服が駆けまわっている。大繁盛のようだ。


「軍のエージェント相手に、ずいぶん余裕だな」立花は皮肉を飛ばした。


「おいおい、逆になにをびびるっていうんだ?」美沢がしたり顔で指を鳴らすと、黒スーツの筋肉質な男が五人入ってきた。小型のマシンガンを抱えている。「この部屋に五人、出入口に五人、さらに二十人が店の中を警戒中だ。相馬彩子がどんな手練であっても、この戦力差をひっくり返すのは無理だぜ」 


「……確かに、そうだな」立花は頷いた。「で、相馬彩子は?」


「今は接客中です。準備がよろしければ呼びますが」岩橋が答えた。


「ああ、連れてこい。いいよな、旦那」


「ああ」と立花が答えると、岩橋はすぐに部屋を出た。


下の客席に視線を戻す。黒服が奥のボックス席に向かうと一人のホステスが立ちあがった。


赤いドレスに長い黒髪。距離があるので断定はできないが、おそらくあれが『人魚』こと、相馬彩子だ。


彩子は黒服の先導で、スタッフ用の扉の先に消えた。


いよいよだ。緊張と興奮に、少しの恐怖が混じりあい、身体が熱くなってくるのを自覚した。


「旦那、もうすぐ来るぜ。突っ立ってないで、座れよ」美沢は隣に瑠璃を座らせ、さっそく一杯やっている。


「俺はここでいい」立花は踵を返し、VIPルームの豪華な扉を見つめた。


その先がにわかに騒がしくなってきた。内容まではわからないが彩子が抗議しているようだ。


扉が空いた。岩橋の隣で彩子は両手をあげており、二人を囲うように八人の男がマシンガンをかまえている。


「初めてVIPルームに呼ばれて喜んでたのに、なんでこんな目に……。私がなにをしたっていうんですか!?」


彩子は今にも泣きだしそうだ。演技には見えない。


「手荒なまねして悪かったな。ちょっと訊きたいことがあんだわ」ソファーにふんぞりかえったまま美沢がいう。


「な、何ですか?」


「俺の話はまたあとで。先に、こっちの質問に答えてやってくれ」


美沢が顎をしゃくった。立花は頷いた。


「相馬彩子だな」


「は……はい」恐る恐るといった様子で、彩子は首肯する。


実物で見る彩子は、写真での評価どおりめったに見かけないレベルの美人だった。


さらに今は、目に涙をため、ほっそりした身体を震わせている。守ってやりたい! そう思わせるナニかを持った女だった。


「コードネーム『人魚』。あんたがソレで間違いないか?」余計な会話はせず、立花はズバリと本筋に切り込んでいった。


海軍エースエージェントは、その怯えた表情でなんと返す?


立花はやや前傾になり、彩子の視線、顔色、口の動きなど、表情のすべてに注視した。


「あの、その……私は…………」


「私は?」


「五分近く息を止めることができます」


何をいっている……どういう意味だ?


立花が眉をよせたのと同時に、マシンガンを持った男が数人、崩れるように倒れた。


ガスだっ! 一瞬でそう気づいたものの、すでに視界の中の彩子はグニャリと歪んでいた。


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