42.赤ドラの幹部(1)
岩橋の先導でビルに入った。真っ赤な高級絨毯が一面にひかれた豪華なエントランスだ。瑠璃は物珍しそうにキョロキョロとしていたが、立花にとっては見馴れた光景だった。
奥にある幹部専用のエレベーターで高層階にあがり、フロアーの半分を占める美沢の執務室の前に立った。ワンフロアーまるまる占有できるのは、赤ドラでは上級幹部になってからだ。
岩橋がノックし、アンティークの扉を開ける。応接室に執務室、キッチンやリビングも兼ねた大部屋だった。調度品は格式高く、絵画やツボやの美術品も一級品ばかり。いくら金がかかっているやらと、うんざりする。
美沢は中央の赤いソファーに腰深く座り、足を組んでいた。
堀が深く精悍な顔をしており、色気もたっぷりだ。出世の資金源はジゴロで儲けたものだ、などのやっかみをうけることも多いようだが、頭も切れて金稼ぎも上手い美沢の出世は、順当なものだと立花は分析している。
「久しぶりだなぁ、旦那。なんでもオーガに浮気してたらしいじゃねーか。寂しかったぜ」
美沢の軽口を無視して、立花はいった。「オガタユウヤってのが、彼女に対して恐喝、暴力をくわえた可能性がある」
「だからなんだよ」
「オガタユウヤは赤ドラの名をだしている。この件をあんたに任せたい」
「冗談きついぜ、旦那。そんなのは警察の仕事だ。俺はマフィアだぜ、どっちかというと、恐喝するほうの立場だ」
「オガタユウヤが赤ドラをうたったからには、彼女から被害届が出たら、赤ドラを色々と調べることになるぞ」立花はいってから、喉元まできたため息を飲み込む。
面倒なことをいわされてる。美沢ならわざわざそんなことをいわなくても、じゅうじゅう承知しているはずなのだ。やはり女の前だからええ格好してるのだ。
「あんたにそんな暇があるなら、好きにしな」美沢は片方の眉をあげ、肩をすくめた。
女の視線を意識した実に絵になる仕草だ。その仕草にカチンときたが、逆にチャンスでもあった。立花は瑠璃を肘でつつく。
「親分さぁん」瑠璃は膝を崩して泣きだした。「刑事さんもあてにならないし、瑠璃はどうしたらいいかわかなくて……その、あの、助けてくれたら、なんでもします……」
「なんでもするなんて、軽々しくいうんじゃねえ!」美沢は怒鳴る。「だから組織の名を軽々しく使うようなチンピラに遊ばれるんだ!」
「はい……ごめんなさい……」
少しの沈黙があってから美沢は顎をしゃくった。「岩橋、なんとかしてやれ」
「承知しました」
「親分さん……」瑠璃は顔をあげた。「ありがとうございます」
「礼なら、刑事さんにもいいな」
「はい! 立花さんもありがとう。いわれたとおりにしたら、うまくいったよ」
瑠璃の余計な一言に、立花は顔をしかめた。瑠璃も自分のいったまずい一言に気づき、「あっ!」と声をあげる。
美沢は勝ち誇ったようにニヤニヤとしていた。
「やっぱり旦那が仕組んだ三文芝居だったか」
「だったらなんだ!」と立花は開き直る。「まさか赤ドラの幹部が一度うたったことを反故するつもりじゃないだろーな」
もともと美沢を騙しとおせると思って仕組んだものではない。女の前で格好つけるためなら、もろもろは呑み込んで神輿に乗ってくれるだろうとの、打算があったのだ。
「まあいい。だが、一つ貸しだぜ、旦那」
「わかった、覚えておく」立花は頷いたが、貸しを返すつもりなど毛頭ない。
だが、女の前で顔を潰すわけにもいかないので、守らない約束でも快諾するフリはしてやった。もちろん、美沢もそんなことは承知の上だろう。
「岩橋、別の部屋でおねーさんの事情を聞いてこい」美沢がいうと、岩橋は瑠璃を引き連れて部屋の外に出た。
「じゃあ、俺も行く」立花は踵を返した。
瑠璃が戻るのを待つ時間がもったいない。部屋を出たらすぐに電話で店の名を訊きだそう。
「そう焦ることはないだろう、旦那。久々にきたんだ、ゆっくりしていってくれよ」
「また今度な」立花はドアノブに手をかけた。
「店の名はセブンフルートだそうだぜ、旦那」
立花はドアを殴りつけながらふり返る。美沢がコンソールを耳にあて、にやついていた。
「キサマ……邪魔しやがったらただじゃおかねーぞ!」
立花は目を剥いて怒鳴る。




