39.亀裂(3)
「わからん」との返答に、またネチネチいってくるかと思えば、「そうか」と立花は一言で済ませ、別のことをぶつけてきた。
「由紀と『クロガネ』が、すでに顔見知りだった……。そんな偶然あると思うか?」
たしかに、それは京子も気になっていた。
「偶然じゃないとしたら……誰かが仕組んだといいたいのか?」
「俺たちは……なにかマズイことに巻きこまれているのかもしれないな」
「撤退を考えているのか?」
「総帥はそうしてくれてかまわないが、俺には命を懸けるべき使命がある」立花は立ちあがる。「さっきいったとおり、『人魚』を追う」
「いったはずだ。それは許可できない」
「俺もいったはずだ。総帥の部下ではないと。どうしてダメというなら、リクレンジャーを抜けるまでだ」
「好きにしてかまわないが、もう一度忠告しておこう。『人魚』を追うと、命を失うぞ」
「ここで逃げたら、魂を失う」
そう残して立花は去っていった。そこまでいわれると、引き止めるのは無理だと悟った。
「だっさ! ココデニゲタラ、タマシイヲウシナウ、だってよっ」真理亜が鼻で笑ってから、京子を見据える。「オッサンが海軍エージェントにちょっかいだすのが危険というのは同意だが、あんたの部下じゃないっていうのにも同意だな」
「確かにピンクを部下扱いしたのはよろしくなかったかもしれない。だが、任務を遂行するには明確で強固な指揮系統が必要だ」
「それはあんたの駒になれってことか?」
「任務の成功率と隊員の生還率を高めるには、それが最善だ」京子としては、ただ事実を口にした。
「くだらねぇ。アタシは抜けるぜ!」真理亜は机を勢いよく叩きながら腰をあげ、由紀を見る。「お前はどうすんだ?」
「私はパパと一緒ぉー」
「だったら行くぞ。早く食え!」
「はーい」由紀は残りのパフェをかきこみ、汚れた口元も拭かずに席を立った。
「じゃあな、まあまあ楽しかったぜ。ああそうだ、あのクソガキにもよろしくな」
座ったままの京子を横切り、颯爽と真理亜は歩く。由紀もトコトコと真理亜のあとに続いた。
自分の対応は失敗だったのだろうな。一人残された京子はそう自覚するも、後悔はしていなかった。
本来なら交わるはずのない、なにからなにまで違う人種が偶然より合っただけの、薄くて軽い関係なのだ。
それでもほとんど無意識でため息を落としたところに、「ごきげんよう」と、翠の声がした。
「さきほど、イエローとブルーがタクシーに乗り込むのを見かけましたけど、なにか進展がありましたの?」
「ピンクとイエローとブルーはリクレンジャーを抜けた。私のやり方は気に食わないそうだ」
「あらまあ、そうですの? でもそれは、戦隊シリーズのアルアルですわ」いいながら翠は対面に座る。「いい感じに絆が強まったらすぐに、意見の相違で内部分裂。でも、強大な敵に立ち向かことでやがて和解と再結束。雨降って地固まる、ってやつですわね。シリーズ中に三回はそのてのエピソードがあるのですわよ」
「現実はそう簡単にはいかない」京子はやや呆れながらいった。
「だからといって、総帥が下手にでる必要はありませんわ。敵は共通しているのですから、今は各々でやることをやっていれば、再び交わる時がきますわ」
「なるほど。覚えておこう」京子はふぅと息を吐き、背もたれに身体を預ける。
目の前には西日を受けて輝く海。伸びをしながら身体と首を反らすと、光に透ける淡い緑と、陰を落とした深い緑の山々が迫ってくる。海と山が向かい合うコウベならではの光景だ。
「では、お茶にしませんこと? ウェイターを呼びますわ」
「ちょとまってくれ。着信が入った」一条からの連絡だ。京子は姿勢を正し、コンソールを耳にあてた。
「調査を進めましたが難しいです。これ以上踏みこめば、こちらの正体を暴かれるリスクがあります」
「リクレンジャーの正体など、海軍には筒抜けだろう」
「いえ、リクレンジャーではなく、私たちの正体です」
「状況は理解したが、私にどんな言葉を求めている? 仕方ない、とでもいえばいいのか?」
「いえ。私どもも覚悟を決める必要があります。つまりは、会ってほしい方がいます」
「キミたちのボス……姫と会う。そう理解していいか?」
「はい」
「拒否したらどうなる?」
「特にはありません。先ほどの報告どおり、これ以上は海軍の機密には迫れない、ということぐらいでしょうか」
「それは困る。ピンクの想いが果たせない」京子は一度目を閉じてから、かっと開いた。「会おう、姫に」
「承知しました。時間と場所はおって連絡します」
「わかった」と応じて、電話を終わらせた。
罠の可能性も高い。危険な決断だとわかっているが、そろそろ決着をつけねばならない。
「私は私で、やることをやろう」京子は空を仰いでつぶやいた。




