38.亀裂(2)
「知っているのか?」京子が訊いた。
「清宮とこの女が一緒にいる写真を見た」
「『聖なる灯り』と『クロガネ』の関連性は、海軍も早い段階で気づいていたはずだ。『人魚』が清宮に接触していても、なんら不思議はないが?」
「いや、時系列が合わない」眉間のしわを深くして、立花は説明を続けた。
『聖なる灯り』に清宮の名を書き込んだのは遠藤姉妹。その妹から事情聴取したところ、清宮の名を書き込む前に、清宮から『人魚』の写真を見せられ、新しい彼女だと紹介されたというのだ。
京子は顎を指で触りながら首をひねった。確かに、書き込み前に『人魚』が清宮に接触するのは、説明がつかない。
「『人魚』が『ママ』という可能性は考えられないか?」立花は挑むような目だ。
「確かにありえる……。海軍情報部が本気で探しても見つからないママという存在が半信半疑でもあったが、海軍のエースエージェントの裏切りがあったというなら、納得できる」
「俺は『人魚』を追う」立花の目に決意の炎が灯った。
「待て! 危険だ!」
「人混みにいれば問題ない。『クロガネ』に『聖なる灯り』の縛りがある限り、いくらでもやりようはある」
「『クロガネ』のことじゃない。軽々しく『人魚』を追うというのが危険だといっている」
「だったらどうするというんだ? 潤一郎氏が亡くなったのだから、もう情報元はない。どのみち『人魚』との対峙は避けられない」
「それは一理あるが、やはり危険だ。許可できない」
「危険は承知のうえだ」立花は首をふる。「井川の娘と約束している。犯人は必ず捕まえると」
「どんな約束があろうとも許可はしない」京子も首をふった。「海軍のエースエージェントは、警察官ごときで追えるような存在じゃない」
「その御忠告は覚えておこう」立花はタバコを消し、こちらを見据える。「だがな、総帥。あんたは俺の上司ではないし、そもそもあんたと俺じゃあこの件にかける想いが違う。第二の家族とでもいうような友とその娘のために、ここは引けない。あんたが手柄を立てて古巣に返り咲くのとは、わけが違うんだ」
「なに!?」京子はカッとなり、立花を睨めつけた。
重苦しい沈黙がしばらく続くも、それをコンソールのバイブ音が終わらせた。一条からの電話だ。
彼らの前でそれに応じることはできない。京子は無視することに決めた。
「電話、でないのか?」立花がいった。
その口調からは、先程のとげとげしさは感じない。朗らか、といっていいような口調だった。この重い空気の改善をはかっているのだろう。
「ああ。たいした用件ではないはずだ」京子は早口で答えた。
「ところで総帥。潤一郎氏は殺されたのはいつだ? まだ、警察には通報がないようだが」
「グリーンから報告があったのは昨日の夕方。それ以上のことはわからない」
「昨日、俺が本部をあとにしたときは、『人魚』も『クロガネ』もただのキーワードだった。だがそれは、すぐにあきらかになった。『人魚』は海軍エージェント、『クロガネ』は海軍の人体兵器。警察では何年かけてもたどりつけない情報だ。その情報をもってきたのは、やはり、生前の潤一郎氏なのか?」
「そうだ」と京子は嘘をついた。
「へぇー。俺が由紀から聞いた内容とは違うな」立花の視線や口調に、不快な粘り気が混ざりだした。「由紀がいうには、『人魚』に襲われた直後の電話で総帥が告げたのは、潤一郎氏が殺された情報だけで、『人魚』が海軍のエージェントなどということは、わかっていないようだった……らしいが?」
なるほど、そうやって詰めてくるわけか……。
立花の刑事の手腕に感心する反面、酷く不快でいらだたしかった。あの不遜なツラを思いっきりぶん殴ったら、さぞかし爽快だろう。
そんな危険な想いが脳裏をよぎり、京子は首をふる。
ともあれ、現役刑事なんかと腹のさぐりあいなんてしてられない。おおむね正直に答えてやり、いえないことはキッパリ突っぱねればいいのだ。
「先のは誤りだった。星川潤一郎ではなく、副官の一条からだ」
「前にもいったが、総帥のことは調べさせてもらった。いつも使っている情報屋だが、軍人相手は特別料金だからと、五倍の値段になったよ」
立花は世間話でもしているかのように、気軽に喋りだす。
「それにしても軍は酷いところだな。女だてらに優秀だと、すぐに不遇な処遇に追いやられる。かずかずの戦績をあげてきたのに、モデルガン持った未成年のテロリストを射殺したら、こんなところに左遷だもんな。まあ警察もたいがい男社会だからエラそうなことはいえないが、軍ほど無茶苦茶ではない。たしか階級も全て失ったんだろ」
しょせん刑事が使う情報屋だ。京子がここまで追いこまれた本当の理由にはたどりつけなかったようだ。
「なにがいいたい」
「海軍の機密事項をひっぱるなんて、並大抵のことじゃない。軍にはじかれた総帥に、そんな優秀な副官を与えられるなんて、ありえないと思ってな」
「確かに、一条は軍属なうえにアルバイトだ」
「信用できるのか? その一条というのは」
「わからん」
京子は思ったことをそのまま口にした。
立花と視線がぶつかる。




