37.亀裂(1)
「湾岸沿いにあるナカモトというオープンカフェでいいか?」立花が口早にいった。
「問題ない。今から向かう」車載コンソールに指示をだすと、到着時刻が表示された。「十分で着く」
「わかった」で、電話が切れた。
翠にメーッセージを送ってから、京子は長い息を吐いて目を閉じる。
ハードな一日になりそうだ、少しでもいいから眠っておこうか……。
そうは思うものの、身体の奥から噴きだすような熱いものがあって、眠りにはつけなかった。
渋滞につかまったので、駐車場自動検索モードにして車から降りる。そこから徒歩で数分、海沿いのオープンテラスが見えてきた。立花たちはすぐに見つかった。
太陽の光を浴びて輝く海をバックに、四人がけテーブルで不機嫌そうにタバコをふかす中年男、足を組んで妖艶な色香をふり撒くグラマーな金髪美女、無心でパフェを食べる少女。
やたらと目立つ異様な一行だ。それに加わるのをやや躊躇しながら、テーブルに座った。
「『クロガネ』について詳しく説明してくれ」早速、京子は切りだす。
「由紀が河川敷で捨て猫を保護していたのだが、そのときに偶然出会っていたのが『クロガネ』だ」立花は由紀を向いて、「あれを出せ」と命令するようにいった。
由紀はコンソールを操作して写真をだす。子猫を抱いている少年が写っている。
「いつの写真だ?」京子は訊いた。
「うーん、一週間ぐらい前かなぁ」
「俺が会ったのはついさっきだ。真理亜が問い詰めたら、海軍サイボーグ兵器の『クロガネ』だと、隠す素振りもなく自白した」立花はコンソールに写真をだした。「これが変身したあと、申しわけないが後ろ姿だ」
「これで充分」と京子は頷いた。「熊のような大きな身体には不釣合な小さい頭部、間違いなく有本にとどめを刺した影だ。『クロガネ』を見破ったのはイエローだったか。どうしてわかった?」
「似たもの同士のシンパシーってやつかな」真理亜が肩をすくめる。
「シンパシー?」京子は首をひねった。「弾丸を撃ち落とすスキルと似たようなものじゃないのか?」
「まあ、そうなんだろうな。アタシも感覚でやってるから上手くは説明できないけど、相手の動きを見れば、関節が人体か機械なんてすぐにわかるし、その重さもな。あのボウズの動きは異常な重さがあった。それこそ機関砲をぶっぱなせるくらいの」
「『クロガネ』は自分の意志で井川を殺したわけではないようだ」立花はタバコを灰皿に押しつけた。「『ママ』という存在がいて、それが指示をだしていると、本人がいっていた。嘘ではなさそうだ」
「ママ……」京子は眉をよせた。
「その『ママ』が首謀者だと考えると、『クロガネ』よりも罪は重い」
罪が重いか……警察的な考え方だな。その感想を口にだすことはなく、京子は腕を組んで天を仰いだ。「『ママ』とは、なにものだろうな」
「『ママ』の正体か……。午前の電話で総帥と話したよな。海軍が、自身の首を絞める『クロガネ』を放置している理由がわからないと」
「覚えている」
「その理由は、『ママ』にあるのじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「存在自体が機密事項の『クロガネ』が、『ママ』と呼ばれる人物に命じられて人を殺している。もし、その『ママ』の正体が海軍にもつかめていないとしたら?」
「なるほど。正体をつきとめるまでは、『クロガネ』を処分できない。だが、ニホン海軍の諜報部は世界でもトップクラスだ。『人魚』がブルーに接触してきたということは、すでに『クロガネ』を監視下においている。それなのに、『ママ』が正体不明のままだなんて、ありえない」
ニホン陸軍諜報部も同じく世界トップクラスだが、彼らなら『ママ』を演じることは可能だろうか……。
京子は疑ってみたが、さすがに無理だろうと結論づけた。かなりの実力差がないとできない芸当なうえ、もしバレでもしたら、今の海軍ならミサイルで報復しかねない。
「そうか、謎は深まるばかりだな……」立花はタバコをくわえ火をつけた。「いっそうのこと『人魚』に訊いてみる、ってのはどうだ。再び接触してくる可能性は高い」
「『人魚』はエースエージェントだ。たとえ拷問されても、情報は漏らさない」いいながら京子は、初代の一条からもらった写真のことを思いだした。三枚の写真を鞄から取りだし、並べる。「ところで、ブルー。『人魚』はこの中にいるか?」
「このひとぉ」由紀が指差したのは、前任の一条が目星をつけていた写真だ。
「これが『人魚』だと!?」立花はずいぶん驚いたようすだ。




