36.『聖なる灯り』、再開
「由紀お姉さんは、優しいし面白いし、大好きだよ。でも、ママが悪者だといったら……悪者なんだ。きっと」
「そうか。よく、わかった」真理亜はどこか寂しげに頷いた。
「ひゃー、ラン君大きくなったねぇー」『クロガネ』の近くまできた由紀が、間抜けな感想を述べる。
「おい、由紀。ボウズの正体は『クロガネ』だったんだとよ」真理亜がいった。
それを聞いた由紀の反応は、立花の予想と大きく乖離していた。糸みたいに細い目を見開き、鷹を思わせる鋭い視線を『クロガネ』に向けたのだ。
そして、立花と『クロガネ』のあいだに割って入り、「それ以上近づいたら、殺すっ!」と怒鳴る。
その迫力に気圧されたのか、由紀に敵対視されたことに動揺したのか、『クロガネ』は二歩、三歩と後ずさった。巨体の上の幼い顔も、今にも泣きだしそうだ。
「ぼ、僕は別に由紀お姉さんもオジサンも、傷つけるつもりなんてないし……。ママだってきっと、そんなこといわないよ……」
「いいから、消えろ」それでも由紀の声は冷たい。
『クロガネ』は半分泣きながら「うん」と頷き、踵を返して離れいく。
「待ってくれ! 署に来いなんていわないから、もう少し話を聞かせてくれ!」
立花は『クロガネ』に駆けよろうとしたが、気づいたら背中を地面に打ちつけて天を仰いでいた。
由紀に投げられたのだと理解するのに数秒かかった。
「何をするんだ! てか、今日こそは絶対追いだしてやるからな!」背中の痛みをこらえながら怒鳴る。
「出ていかないよぉ?」小首を傾げながら由紀はしゃがみこみ、コンソールを立花に見せた。
いつの間に復活したのか『聖なる灯り』が表示されている。さらに、『三上京子、星川翠、立花楓は悪人』との書き込みがある。
「パパの名前って、か、え、で、っていうんだね。かっわぁいぃ」
「うるせえ」立花はゆっくりと半身を起こす。『クロガネ』の巨体はすでに小さくなっていた。
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本部に来るといっていた立花から再び連絡があったのは午後一時。その第一声が、「『クロガネ』に会った」で、京子は耳を疑った。
「詳しく教えてほしい。すぐ本部に来れるか?」
「本部はやめておこう。『クロガネ』に襲撃されるリスクがある。なるべく人目の多いところがいい」
「襲撃だと!?」
「消されてたはずの『聖なる灯り』が再開して、俺たちの名前が書かれている。総帥も本部から離れたほうがいい」
「わかった。まずは離脱しよう。すぐに電話する」動きやすい服装だった京子は、そのまま銃を持って外に出ると、車に乗り込む。
自動運転に任せながらコンソールを手にし、『聖なる灯り』を表示した。立花のいったとおり、最新の書き込みに自分と翠、立花の名前がある。
スクロールさせると、星川潤一郎の名も見つかった。彼が殺される少し前に書き込まれたようだ。
その時点で、『聖なる灯り』は再開していたのであろう。京子は一瞬ためらうも、一条に電話をかけた。
「ご用件をどうぞ」挨拶などなしに、やや掠れた声で一条がいった。
「『聖なる灯り』が再開して、私たちの名前が書かれた。星川潤一郎の名もある」
「調査します。他には?」
「今は、ない」
「承知しました」で、電話が切れた。
次に京子は翠に電話をした。立花から聞いた話を手早く伝えて、人の多いところに逃げるよう指示した。
「人の多いところですか……。『クロガネ』さんがおかまいなしなら、かえって大惨事になりますわね」
「今のところ、『聖なる灯り』に書かれた人物だけというルールが守られている。それを信じるしかない」
「そうですわね。わかりましたわ」
「ピンクたちと落ち合う場所が決まったら、また連絡する」
電話を切り、立花にかけようとしたが、先に一条からの着信があった。
「調査結果がでました」
早い! 喉元まできたその言葉を京子は飲み込む。
「もともとは小さいITベンチャーが『聖なる灯り』を運用していましたが、海軍が介入して停止させました。その海軍が全てを引き継いだかたちでの、サービス再開となります。総帥、グリーン、ピンク、星川潤一郎の名を書きこんだのも、海軍です」
「海軍の真意をさぐれるか?」
「調査継続しますが、時間はかかります。『聖なる灯り』に関しては、わざとらしいくらい簡単に情報が集まりました。間違いなくここから先は罠をはっているはずです。慎重にあたる必要があります」
立花からも連絡が入ってきた。「わかった、頼む」と残して、回線を切り替えた。




