35.タイガープリンセス(2)
いきなりのことに一瞬思考停止した立花だが、ランが平然としているのでほっと息を吐いた。
「空砲だったのか……。冗談きついぞ」立花は真理亜を睨んだ。
「空砲じゃねーよ、ちゃんと額に当たったはずだ。なあ、ボウズ」
「だから、僕はボウズなんて名前じゃないよ!」
「ボウズは嫌か。だったら『クロガネ』と呼んでやろうか」
「ちょっとまて、ちょっとまて! なにをいってるんだ!」立花は真理亜の肩を強くつかんだ。
「仇を見つけてやった。そう、いってんだ。あのボウズが『クロガネ』だ」
何をバカな、といいかけたが、先にランが肯定してしまった。
「どうして知ってるの? 真理亜お姉さんは海軍の人?」
「知ってたわけじゃない、感じたんだ。同族のシンパシーってやつかな」
「同族? じゃあお姉さんも、事故で死にかけたところ、海軍の人に救ってもらったの? 僕の場合はね、飛行機事故にあっちゃって、民間治療では助かる見込みがないほどの怪我だったんだけど、海軍のサイボーグ治療でなんとか助かったんだってさ」
「アタシの場合は試験管の中で遺伝子をいじってクローンとして造られた。別に助けられたわけじゃない」
「造られたんだ……。お姉さん、可愛そうだね」
ランの表情に皮肉めいたものはなく、言葉どおりに同情しているようだった。
「ボウズは、なんで人殺しを繰り返しているんだ? そいつらが憎かったからか?」
「会ったことない人ばかりだから憎いとかじゃなく、正義のためだよ。だって僕がやっつけたのは悪い人だから」
「そいつらが、どんな悪事を働いたか知っているのか?」
「知らないよ」ランは首をふった。「そういうのはママが考えることだから」
「ママだと!?」立花が割り込んだ。「そのママが殺す対象を指示しているのか!」
「そうだよ。ママが悪いやつを教えてくれるんだよ」
「ママとは、誰だっ!」立花は大きな声あげた。
「それは秘密だよ」ランが顔をそむけたのと同時に銃声がした。真理亜だ。
「人のいいなりになって殺しなんて憐れだな、ボウズ。アタシが止めてやるよ」さらに立て続けに銃声が響くも、特に苦痛を感じている様子ではない。
「無駄だよ。僕はサイボーグだから、そんな小さな銃は効かない」
「どうかな?」発砲を止めて、真理亜はいった。「関節部位に、寸分狂わず何発も食らったことないだろ」
「そりゃないけど……」目をパチクリさせたランが、えっ! と声をあげて片膝をついた。
「右の足も動かなくしてやろうか?」
愉快そうにいう真理亜を、立花は手を広げて制した。
「ラン君。おじさんは警官だ。コウベ署まで来てもらおう」
「そんな時間ないよ。もうすぐママから連絡があるはずなんだ」
ランが首をふると、全身から短冊状の黒い板金が大量に放出された。それはランの身体にまとわりつくように覆っていく。
数秒後には膝をついた状態にもかかわらず、ブルーシートの屋根に頭がつくほどまで巨大化した。そしてランは立ちあがり、マントのようにまとわりついていたブルーシートを払いのける。
「それが本体か?」真理亜がランを見あげた。
恐怖で身体が固くなっているのを自覚しながら、立花もランを見あげる。
三メートルはあろうかという巨体に重厚な黒いボディー、圧倒的な存在感だ。『クロガネ』というコードネームに相応しい。
一つだけ例外があるとすれば、頭部は小さく幼い少年のままだ。それが返って不気味でもあった。
巨大殺人兵器を眼前にして、立花は言葉を失っていたが、真理亜は平然と『クロガネ』と対峙する。
「で、どうする気だ? 正義のために、アタシたちも殺すのか?」
「そんなことしないよ。だって、お姉さんたちが悪者だなんて、ママはいってないもん」
「じゃあ、ママが殺せといったら殺すのか?」
「うん」
「じゃあ、アイツもか?」真理亜は顎をしゃくった。
その先には買い物袋を持った由紀がおり、ひょこひょこと歩みよる。




