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34.タイガープリンセス(1)

「由紀はどこだ! 今度こそ絶対に追いだしてやる!」


言葉のどおりの意味が大半ではあったが、これ以上自分にかかわれば彼女たちを危険にさらしてしまう、との思いも強い。


誘拐は未遂に終わったとはいえ、いよいよ海軍が接触してきたのだ。


「由紀は出かけた」不機嫌そうに真理亜は答える。


「どこにだ!?」


「案内してやるよ。ついてこい」



マンションを出て、真理亜の横にならんで歩く。すれ違う人々が、好奇の視線を向けてきた。視線の先はもちろん真理亜だ。


金髪碧眼の美女が、タンクトップとタイトなジーンズで豊満な身体を揺らして歩いているのだ。マイノリティな性癖でもないかぎり、男は真理亜に釘づけだ。こっそり写真を撮ろうとする輩までいる。


そんな真理亜とも今日でお別れだ。由紀を追いだせば、セットでついてきた真理亜もいなくなるだろう。


「で、どこに由紀はいるんだ?」


「タイガープリンセスって知ってるか?」


「知らないが、そこに由紀がいるんだな。なんの店だ?」


「違う、そうじゃない」真理亜は立花を一瞥してから、視線を前に戻した。「由紀のところには今向かっているから安心しろ。それよりアタシの昔話に少しつきあえ」


「ん……ああ」立花は頷きながら、横目で真理亜を見た。張りつめた表情をしている。


「タイガープリンセスは、アタシというものを造るプロジェクトのコードネームだ。アタシは陸軍に破棄された人体兵器なのさ」


いきなりの告白に立花は足を止めた。「冗談だろ」


「冗談で銃弾を撃ち落とすことができると思うのか?」真理亜も足を止めてふり向いた。「アンカーリッシュって知ってるか?」


立花は目を細め、「ああ」と答えた。



アンカーリッシュは、立花が中学の頃に上映された名作と名高い映画だ。


人体兵器として改造された少年少女たちが、人間でもあり兵器でもある自分たちの存在意義に悩み、もがきながらも祖国のために戦うのだ。


その主人公の少年がリッシュ。クライマックスでは、リッシュが自分を犠牲にすることで、仲間の人体兵器の生存権を勝ち取ることとなる。


その行為こそが、人体兵器が人間であることの証明、人として踏みとどまるためのアンカーとなった、というオチだ。


要約してしまうとありきたりな話だが、人体兵器役の少年少女の演技力が抜群で、演出や脚本も一級品だった。その年の賞を総なめにし、当時の興行収入記録も塗り替えたはずだ。



「だったら話が早い。あの映画に感動した陸軍のイカれた奴らが、アタシを作ったのさ。遺伝子をいじったり、ドーピングで薬漬けにしたりでな」真理亜は大げさに肩をすくめた。


「そいつらを……恨んではいないのか?」


「別に恨んじゃいないな」


「罪を憎んで人を憎まず。リッシュも人として踏みとどまるために、そんな選択をした」


「アタシは違うな」真理亜は鼻を鳴らした。「映画の人体兵器は幼いころに身体を改造されたが、アタシのはじまりは、軍の研究所の試験管の中だ。タイガープリンセスプロジェクトの否定はアタシの存在の否定になるんだよ」


「なぜ、俺にそんな話をした?」しばらくの沈黙のあと、立花は返した。


「アタシにはアタシの戦いがある。そういうことだ」真理亜は再び歩きだした。


その言葉の意味はわからなかったが、特に言及するでもなく真理亜のあとを追った。


それからは無言のまま十五分ほど歩き、イシヤ川の堤防にあがった。以前のイシヤ川はさほど大きな川ではなかったが、十年前に大規模な河川工事があり、コウベ最大の河川となっている。


広い河川敷を進むと、ホームレスでも住み着いているのか、ブルーシートで作られたテントがあった。その前で真理亜は止まる。


「長い間、アタシはここに住んでたのさ」


真理亜はブルーシートをめくりあげた。中には十歳ほどの少年と子猫がいた。由紀はいないようだ。


「あっ、真理亜お姉さん……と」少年は首を傾げた。「こんにちは、おじさ……えーと、お兄さん!」


「バカだなぁ、ボウズ」真理亜は顎をしゃくった。「こっちのは正真正銘のオジサンだ。お兄さんじゃなくていい」


「僕も、ボウズじゃなくて、ランだよ!」少年は頬を膨らませた。


立花は、お兄さんと呼ばれたことに苦笑いしながら、ランと名のった少年を見る。くりくりと可愛らしい目をしたごくごく普通の男の子だ。


「こんにちは、ラン君。由紀お姉ちゃんは来ていないかい?」


立花が声をかけると同時に、真理亜がするりと銃を抜きだし、ランに向けて発砲した。



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