33.新しい一条(3)
「新しい一条だと!」
「はい。さっそくですが、そちらの処理は私がやりますので、総帥はすぐに離脱してください」
今まさに隣で息絶えた一条よりも、低くて濁りがある声は相応の歳を感じる。
「死人がでている以上、この場を去ることはできない」
「前任の一条には戸籍もなく、すでに死んでいるのも同義です。それに警察に連絡したところで、半日もかからずに解放されます。ただ、私の仕事が増えるだけで」
「お前たちはなんだというのだ……」
「姫のために。私たちが許されているのは、その言葉だけです」
京子は目を細め、コンソールを強く握りしめた。
いったい自分の周りではなにが起こっている? 高沢のせいで、未来のキャリアまで奪われた。それだけではなく、なにか妙なことに巻き込まれているのか?
考えれば考えるほど、疑念はうず巻く。海軍はなにを企んでいる? 姫とはなにものだ? 陸軍はどこまで関与している? 他国の諜報機関も絡んでいるのか?
「総帥、お早い決断を!」
新しい一条の強い声がして、京子はハッとする。確かに、あれこれ思案している余裕はない。
「わかった。離脱しよう」京子はそういって電話を切り、絶命した一条を見た。
敵か見方かもわからない正体不明の男で、短い間のつき合いでしかなかったものの、京子の胸にチクリと刺さるものがあった。
いつ死ぬかわからないスパイという稼業とはいえ、彼はその危険性を知らされていたのだろうか? 自分と同じように多くを知らないままもがき、そして殺されてしまったのではなかろうか?
この先の見通しは全くの不明で、自分が無事でいられる保証はどこにもないが、できれば仇をとってやりたい……。
背後でいよいよ大きくなってきた悲鳴は無視して、京子はどこかを睨むような表情のまま出口に向かって進む。
■□■□■
コンソールの着信音で目を覚ました立花は、頭の働かないまま電話に応じた。
「やっとでてくれたか?」電話の声は京子だった。
「やっと……とは、何回も電話していたのか?」
「ああ。昨日の夕方から」
「昨日の夕方……」立花はつぶやきながら、由紀に絞め落とされたことを思いだした。「あのヤロー……」
「なんだ?」
「いや、何でもない」いいながら時間を確認した。もう昼前だ。
「さっそくだが、今の状況を伝えておく」
「ああ、頼む」
「星川潤一郎が殺された。半身がぼろぼろになっていたことから、井川や清宮と同じ武器だと思われる」
「なんだとっ!」
「まだ続きがある」京子は早口でいった。「まず、コードネーム『人魚』とは、海軍のエースエージェントだとわかった。昨日の夕方、『人魚』はブルーとイエローに接触した。拉致目的で部下に襲わせたんだ」
「二人は大丈夫なのか!」
「ブルーが撃退したので未遂に終わったとのことだ」
「そうか」立花は安堵の息を落とした。
「コードネーム『クロガネ』についても判明した。秘密裏に開発された海軍の人体兵器だ。だが海軍が破棄したことで、今は野放しの状態だ」
まるでアンカーリッシュだな、と立花は思ったが、口にはしなかった。京子の歳では知らない可能性が高いし、なにより他に重要な質問があった。
「『クロガネ』が犯人だということでいいのだな?」
「証拠はない。だが、『クロガネ』はサイボーグやロボットに近い存在らしい。機関砲などの大型武器を使用するにはうってつけだろう。あと、みなにはいっていなかったのだが、有本がバラバラにされたときに、隣のビルに熊のような巨人の影を見た。今考えるとあれが『クロガネ』だったのかもしれない」
「エージェントが動いているのだから、『クロガネ』の暴走は海軍もつかんでいるのだろうな?」
「もちろんそうだろう。ただし高レベル機密事項となるから、人数はかなり絞られるはずだ」
「だったらなおさら不思議なのだが、なぜ海軍は自身の汚点とも爆弾ともいえる『クロガネ』を放置しているのだ?」
「正直、わからない。どんなに強力な兵器だとしても、人体をベースにしているのだから、質量も火力もたががしれている。千回人類を滅亡できるといわれる海軍の火力をもってすれば、排除はたやすいはずなのだが……」
「そこに、今回の事件の肝がありそうだな。今から本部に行っていいか?」
「かまわない」と京子から返ってきたが、「すまん。また連絡する」といってすぐに電話を切った。
真理亜がリビングに入ってきたのだ。




