32.新しい一条(2)
京子はテーブルに備えつけられたコンソールから、アイスコーヒーを注文した。
「で、さっそくだが、聞かせてもらおうか」
「はい。まずは『人魚』ですが、海軍の女性エージェントだと判明しました。エース級の実力者とのことです」
「実は、ブルーがすでに接触したらしい」
京子がいうと、一条は眉をあげた。すぐさま、ごそごそと鞄をさぐりだす。
その間にウェイトレスが来て、テーブルにアイスコーヒーを置いた。
ウェイトレスが離れてすぐに、一条は三枚の写真を取りだす。
京子は受け取り、目を走らせた。三枚とも違う人物だが、どれも相当な美人だ。当然のことだが、京子が知っている顔はない。
「ブルーに確認してもらってください。多分、真ん中の写真だと思います」
その女が、一番綺麗だった。
「わかった。そうする。で、『クロガネ』に関してはどうだった?」
「海軍版アンカーリッシュの人体兵器です」
「イエローと同じというわけか……」
「はい。あの映画に熱せられた海軍の兵器開発技術者が秘密裏に生みだしました。でも結局は、自主的に破棄しました。イエローの件で、陸軍と宮内庁で悶着があったのを知っていましたので」
「陸軍のときも思ったが、どうして宮内庁がしゃしゃり出てくる?」
「それは……人権団体の名誉理事をなさっている皇族が多いので」
やや腑に落ちなかった京子だが、別の質問を優先した。「兵器としてはどうだ? イエローと同じように、射撃に特化しているのか?」
「そもそもの方向性からして違います。イエローを人体兵器と呼ぶなら、『クロガネ』はサイボーグだとかロボットに近い存在です」
「なるほど、海軍好みだな」京子は苦笑してから、鋭い視線を一条に向けた。「で、どうやってこれほどのことを調べたんだ? 『人魚』はともかく『クロガネ』のことなんかは、陸軍諜報部でもそうそうたどり着けるものじゃない」
「僕は、その……総帥のお役にたちたくて頑張っただけで……」
「いいかげん、そういうのはいい。キミは一体ナニモノだ。正体不明なモノからの情報を、おいそれと信じることはできない!」
一条は無言でうつむいた。京子はさらに続けた。
「星川財閥が関連しているのか?」
「星川財閥とは……関係ありません」下を向いたまま一条は答えた。
「だったらナニモノだというのだ!」
「あの……その」一条が上目遣いでこちらを見た。「僕が……許可されているのは、『ヒメのために』という言葉だけです」
「ヒメ……とはお姫様の姫か?」
「はい。そうです」
「では、その姫とは誰だ?」
「いえません」先ほどまではおどおどしていた一条がきっぱりいい放った。
京子は目を細めて、「姫か……」とつぶやく。戦地で誘拐、虐殺された部下たちからは、隊長ではなく『姫』と呼ばれていたことを思いだしたのだ。
「納得いただけませんか?」そういった一条の喉に、ウェイトレスがフォークを突き刺した。
「なっ!?」京子が状況をつかめないでいると、ウェイトレスは機微でしなやかに走り去る。
このままでは逃げられる! 京子はウェイトレスの後ろ姿を睨むも、すぐに一条に向き直った。
今は人命救助が優先だ。喉にフォークが刺さったぐらいでは、気道さえ確保すれば助かる。
京子は一条を仰向けに寝かせ、気道が開くように額を押して顎をあげた。
「しっかりしろ!」頬を数回叩きながら、一条が死人の眼をしていることに気づいた。
心臓に手をやると、案の定動いていない。すでに死んでいる。
「毒か……」京子はつぶやき、顔をあげた。ウェイトレスの姿はない。
一条の喉にフォークが刺さるまで、京子はウェイトレスの存在に気がつかなかった。戦地でもないので警戒は薄かったとはいえ、相当な手練だといえる。
しかも、ナイフや銃で絶命させずに、フォークで生存の希望を待たせたやり口も、計画的で用意周到だ。
助かる可能性が高かったからこそ、京子はウェイトレスを追うわけにはいかなかったのだ。
カフェの中が騒がしくなってきた。悲鳴らしきものも混じる。
ため息を落とし、コンソールを手にした。長い拘束が待っているのだろうが、警察に届けないわけにはいかない。
京子は警察への緊急連絡アイコンに指を伸ばすも、タップの直前に電話がかかってきた。こともあろうか、発信相手は一条となっている。
京子は眼を見開いて一瞬固まるも、その電話に応じた。
「もしもし?」
「はじめまして。新しい一条です」
京子は耳を疑った。




