30.襲撃
由紀がミルクの用意をはじめ、ランも隣で手伝いをする。真理亜は仏頂面で腕を組んでいた。
ミルクの入った皿を差しだすと、猫たちは競って飲んだ。それから一時間ほど、由紀とランは猫と遊んでいたが、おもむろにランがコンソールをだす。
「ママからだ、いかなきゃ」
「じゃあ、またね」由紀が手をふると、「うん、またねー」とランもにこやかに返して外に出た。
由紀は続けて猫と戯れていたが、不機嫌な声で真理亜が割り込んだ。
「あのボウズ相手に、なんかエロいことでも考えてるのか?」
「もう、そんなんじゃない!」
「どちらにせよ、あのボウズとは、あまり仲良くしないほうがいいぞ」
「オバサン、っていわれたから怒ってるの? それとも、妬いてるの? 大丈夫、ちゃんと真理亜ちゃんの相手もしてあげるよ」
「ぶっ殺すぞ!」真理亜は怒鳴り、その場で胡座をかいた。
不機嫌な表情を貼りつけたままの真理亜は、猫がよってきてもシッシッと追い払っていたが、いつのまにやら人格が変わってしまったかのようにはしゃぎだした。
「おい、舐めるんじゃねえ、キャハハ、こら! こっちだって、こうだぞ!」猫たちと同じように四つん這いになってじゃれあい、あげくのはてには猫と舐め合うしまつだ。このときばかりは、真理亜は年相応の少女に見えた。
日も傾きだし、由紀と真理亜はブルーシートのテントをあとにした。空が赤く染まっていくなか、河川敷堤防のせり上がった細道を歩く。両側とも雑草がしげるなだらかな斜面となっており、ひとけがなくひっそりとしていた。
前方から大きなワゴン車がゆっくり近づいてきた。道いっぱいで、すれ違うのは難しそうだ。
由紀と真理亜は道からはみ出て、脇の草地に避けた。しかしワゴンは二人の前で止まる。そして、目出し帽を被った大男が三人出てきた。
先頭の男が由紀に手を伸ばす。それを躱して金的に蹴りを放つ。だが、男も華麗な脚さばきで、由紀の蹴りをしのいだ。
マフィアやその用心棒などとは格が違う。隣では真理亜が銃をだす暇もなく、すでに羽交い締めにされていた。
由紀はギアを二段階あげる。
金的蹴りを防いだ男はすぐさま反撃の拳を由紀の顔面に飛ばす。くるりと回りながら拳を躱し、伸びきった男の肘に掌底。
肘を砕いた感覚。男の顔が苦痛に歪む。
力やスピードだけが全てじゃない。ポイントとタイミングが重なれば、人体はいとも簡単に壊せる。由紀に叩き込まれた格闘術は、そういったことを永く研き続けたものなのだ。
片肘を破壊しただけでは、男を無力化できないと判断していた。由紀の連撃は続く。
股間に前蹴り、顎に膝、眉間に肘、その三連撃を一呼吸で奔らせる。
男が崩れていくのを見届けず、由紀は次のターゲットに襲いかかっていた。真理亜を羽交い締めする男の眼球めがけて、一本拳を繰りだす。
たまらず男がはがれたところに、喉をめがけて足刀蹴り。男が吹き飛ぶ。
それと平行して三人目の男が由紀の背後に迫っていた。由紀の後頭部をめがけて、メリケンサックつきの拳が放たれる。
だが由紀は、後ろに目があるかのようにすっとしゃがむ。男の拳は空を切る。同時に、男の顎を下から足刀で蹴りあげた。続けて下腹部に肘打ち、崩れながら下がってきた男の顎に掌底。
仰向けになって男は倒れる。
「真理亜ちゃん、だいじょーぶ?」由紀は間延びした声でいった。
真理亜は咳きこみながらも銃をだす。
「まだ中にいるんだろ! 死にたくなかったら出てこい!」
開けっ放しになったスライドドアの奥で影がうごめく。三列目席から身体を乗りだしてあらわれたのは、二十歳そこそこの女だった。
「はじめまして」と、女がいった。
「ナニモンだ?」真理亜は銃口を向けたが、女は動じない。
「人魚。海軍ではそう呼ばれてるの。よろしくね」
「人魚だとっ!」そう真理亜が眼を見開き、その隣で由紀は「人魚さんが、なんの用なのぉ?」とのんびり小首を傾げる。
「周りをチョロチョロとうざかったから、さらってイジメてやろうと思ったの。でも、失敗しちゃった」
女はくだけた調子でいい、テヘッと舌をだした。




