25.無精髭で目つきの悪いヒロイン
「その前に、ワタクシと潤一郎の関係を説明しておきますわ。なんといったらいいのか難しいのですが、彼はストーカーみたいなものでして……ワタクシが楽しそうにしていると嫉妬に狂ってぶち壊そうとしますの。総帥はご存知のはずですが、初めてワタクシがここに訪れたときに車を爆破したのは彼ですわ。あのテロ事件での奇妙な投資家もね」
「証拠はあるのか?」立花は目を見開いた。
「残念ながらありませんわ」翠は肩をすくめた。「ちなみにワタクシの顔を勝手に整形したのも、潤一郎だったりしますの」
京子としても、無断で潤一郎に整形されたというのは初耳だった。立花にいたっては整形していること自体を知らなかったようで、しばらく固まってから口を開いた。
「その男を協力者にするのは、止めよう。グリーンにとって危険すぎる」
「危険は承知のうえですわ。気になさらないで」
「だめだ。なにかあってからでは遅い。別の方法を考えよう」
「い、や、ですわ。どうしても止めたいのなら、お持ちの銃でワタクシの額をお撃ちになるしかありませんわ」
「あのなあ……」立花はなにかいいかけたが、それはため息に変わった。
「それに、今回最も危険なのはワタクシじゃなくてピンクの方ですわよ」
翠はすっと席を移り、立花の頬に唇を押し当てる。
ギョッとした表情の立花を無視して、その様子を自撮りした翠は、さらにコンソールを操作してから画面をこちらに向けた。
「ラブラブ新ダーリン」とのコメントつきで、その写真はSNSにアップされていた。
なるほど、ピンクを餌に潤一郎をおびきだす作戦のようだ。
京子は頷く一方で、潤一郎の異常性を鑑みる。餌となる立花のリスクは高いように思われた。だが、当の本人に危機感はなさそうだ。
「写真だけでいいのか? 仕事で使っている電話番号なら公開しようか?」
「写真だけで充分ですわよ」
「電話番号も公開したほうが、アチラさんの手間も少ないと思うのだがな……。まあいい、俺はコウベの街にでて、潤一郎氏の接触を待ったほうがよさそうだな」
「接触なんて優しいものではありませんわよ。誘拐して、潤一郎自らで拷問しようとするはずですわ」物騒な発言をした翠は、微笑みながら両手を広げた。「でもご安心してくださいまし。ワタクシたちが必ず救出いたしますので」
「誘拐か……。こっちには銃もあるし、インナーには防弾ウェアも着こんでいる。誘拐なんぞに素直に応じる必要もなく、接触してきたところを確保するのもありだな」
「まあっ! 勇ましいヒロインですこと」
翠は小バカにするような口調でいう。立花は不機嫌そうに眉をよせて、立ちあがった。
「街にでて、潤一郎氏の連絡を待つ」
そう残して立花は部屋から出る。すぐに立花の車が去っていくのが、窓越しに見えた。
「憐れなオッサンだな。こんなクソガキに手のひらで転がされて」真理亜が鼻を鳴らす。
「あら、酷いいわれようですわね」翠は肩をすくめた。
「実際、コウベの街で星川潤一郎は接触してくるのか?」京子は翠に視線をやる。
「街に着くまでに、接触ではなくて、誘拐されると思いますわ」
「そんな短時間で可能なのか?」
「それができるから、紹介していますのよ」
「ねえねえ」と由紀が手をあげて割りこんできた。「パパと電話がつながらないんだけど」
「由紀はオッサンにうざがられてるから、シカトされてんだろ」真理亜が面倒そうにいった。
「そんなことないもん! もう一度かけてみる」
「少しお待ちください」翠はいいながらコンソールを操作する。「こんなこともあろうかと、さっきピンクに発信器を着けておきましたわ。居場所はもちろんのこと、回りの状況やピンクの健康状態もわかります……あら、ピンクは気絶してるみたいですわね」
「もう誘拐されたというのか?」にわかには信じられず、京子は眉をよせた。
「その男とクソガキはグルで、すでにオッサンの車に隠れていたんじゃねーのか」真理亜は翠を睨んだ。
「バカなこといわないでくださいまし。今、発信機からの情報を整理していますわ」翠はコンソールをせわしなく操作する。「……えーと、だいたいのことはわかりましたわ。ピンクはまだ自分の車の中にいて、車内は異様に二酸化炭素の濃度が高い。潤一郎が車をハッキングして、空調を操作したのでしょう」
「なるほど。そうやってピンクを気絶させたわけか。車がハッキングされたということは、自動運転の行き先も変更されているはずだ」
淡々といいながらも京子は驚愕していた。こんな短時間で車をハッキングするなど、軍のサイバー部隊なみだ。潤一郎は危険な男ではあるが、味方にできれば、事件解決の大きな力になるだろう。
「じゃあ、早く助けに行こうぜ。無精髭で目つきの悪いヒロインを、な」真理亜は立ちあがる。
「車をだそう」京子は頷き、さっそうと部屋を出た。




