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19.井川の秘密

次の日の朝、立花はブラッドオーガの本部ビルに向かった。ブラッドオーガはコウベで五本の指に入る大マフィアで、井川が担当官だった。


ビルの正面に車を停めた。見た目は新しく綺麗なオフィスビルだ。


大マフィアともなると、表向きは企業とたいして変わりはない。ただ、ビジネスの内容が違法であったり、暴力専門の部署をもっているというだけだ。


停車して一分も経たないうちに、六人の若い衆に車を囲まれた。チンピラ風ではなく、スーツを着込んでいる。立花はウィンドウを下げた。


「なにかご用ですか?」低い声で若い衆の一人がいった。


「柴田はいるか? 三木でもいい」立花は幹部の名をあげた。


「アポはございますか?」


「ごちゃごちゃうっせーんだ!」立花は火のついたタバコを投げつけた。


「なんだこらぁ!」若い衆が騒ぎだす。


車でも蹴飛ばしてくれればこっちのもんだ。そう立花はほくそ笑むが、「静かにしろ!」との一喝が入り、若い衆は口を閉ざした。


歩いてきたのは、黒いスーツに黒シャツの男だ。細身の色男で、歳も若い衆とさほど変わらないように見える。


「お手数をおかけしております。立花さん」


「誰だ、お前」


「カミヤと申します」


立花は記憶を探った。担当マフィアではなくても、重要な人物は頭に入れてある。たしか……神谷ヒカル、若手の注目株にそんな名前の男がいたはずだ。


「柴田か三木に取りつないでくれ」


「申し訳ありませんが、アポがないことには、いかんとも」


「おい。俺がなぜここに来ているかわかるか?」


「……井川さん……のことでしょうか?」


「わかったら、さっさとしろ。俺は気が短い」


「続きは私がお聞きしましょう」還暦に近そうな白髪の男が、神谷を押しのけるようにして割り込んできた。


男は名刺をだしたが、受け取らなくても雰囲気でわかる。


弁護士だ。


白髪の後ろにも、若い男と中年の女が控えていた。全員、色気のないスーツ姿だ。


「俺の噂は聞いていないか?」立花は弁護士団とは目を合わせず、神谷を睨んだ。「怒らすと面倒なことになるぞ」


神谷は落ち着いた表情で立花の視線を受け止めていたが、やがて大きく息を吐いた。


「そうですね……噂はかねがね。わかりました、私がなんとかしましょう。あらぬ疑いをかけられるのは本意ではありません。ただその前に、立花さんにお願いがあります。ご自身の組織でも、井川さんについて調べてみてください」


「なんだとっ!?」立花は怒鳴り返すも、神谷は無視して去っていった。


それからコウベ署に向かい、着いたのは十時半だ。早々に呼びだしをくらって、課長室に入った。マフィア対策課の課長、石倉が不機嫌そうにどっしりと座っていた。


秋も深まり、冷房も緩くなった。百キロを超える巨体の石倉は額に汗を浮かべながら、『不動』と描かれた扇子でせわしなくあおっている。一年前に一人息子を事故で亡くしてから、急激に太ったのだ。


挨拶もろくになく、石倉の説教が開始された。普段の勤務態度にはじまって昨晩の無茶な要求まで、きっかり十五分間早口でまくしたてられた。


乱れた息を整えて、喉をお茶で潤した石倉はやっといつもの調子に戻った。


「で、ブラッドオーガはなんだって? 朝から行ってきたんだろ」


「弁護士に追い返されましたので、まだなんとも」


「そんなに焦らんでも、大規模な帳場がたつぞ。署長がずいぶん鼻息荒くしてる」


だからこそ、早く動きたい。神谷の言葉を悪く解釈すると、面倒な事態となる。



立花は課長室を出て、自席に戻った。斜め前の席で、井川の下についていた三年目の真壁が書類を書いている。


「なあ、真壁。井川はいつ家に戻るんだ?」


「えっ、はい、いつでしょう。えーと、その、わかりません」緊張した様子で真壁は答えた。


真壁が立花相手に緊張するのは珍しいことではないが、今日はさらに警戒心が隠れているように思えた。


「もうすぐ十一時だな。よし、ちょっと早いが昼飯に行こう。お前も、井川があんなことになって落ち込んでるだろ。昼ぐらい奢るぞ」


真壁が了承したので、さっそく出ようとすると、「同期の俺も落ち込んでますよ」などといい、江見もついてきた。なにかしらたくんでいるのだろう。


車で十分、行きつけの小料理屋に入った。店主は、かつてマフィアから足を洗う手助けをしてやった男だ。


瓶ビールとオススメの一品料理を頼んだ。


「あの、お酒は……まずいんじゃ」真壁が小声でいった。


「バレないていどならいいんだよ」江見が手酌で勝手にやりはじめた。


立花は江見を無視して、真壁のグラスにビールを注ぎながら聞いた。


「井川の穴は大きいよな。困ったことがあったら、俺にいってくれ」


「はい。困ったことができれば」真壁は頷く。


「おいおい、どうした? さっそく相談にのってもらえよ」江見が割り込んだ。「井川さんが死んだら、僕が貸した三十万はどうなるんですか、てな」


「なんだとっ!?」


立花は目を見開いたまま固まった。



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