表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第一話 ④

「もう——遅いからっ!」


 強く振り下ろして——強く当たった。耳を劈く金属音。重なる悲鳴。

『刃がぁっ!!』

 鎌を引き摺って横へ飛ぶ。


 瞬間、【セクト】の足が頭が先の節が、ワッと飛び出すのがスローモーションで見えた。まるで暗闇から生成されたみたいに——


「今っ!」


 戻して——私が叫ぶより早く、ハジメちゃんは斬撃を、斬撃だけを『再生』した。


 ブジュッ、と水音を立て、【セクト】の一節が縦に裂けた。そこから胴体と離れ、頭ごとボトリと転がる。


「よしっ!」

 口にした、と同時に——地面に伏せた頭は、ブルブルと震え出した。


「何っ!? 自爆!?」

『そんなっ、まさか——』


 後退り、大鎌をくるりと回した。広い刃を体の前に置く。

 徐々に大きくなる震えはそのまま、割れた節を振り落として——飛んだ。

 ぴょーんと。動きの止まった胴体へ。


「はあっ!?」

『あ〜ら、ま』


——いタァい、残ニン、馬鹿ヅラぁあ!


 喚く【セクト】はブジュブジュと、胴と頭を擦り合わせている。噛み合わせを確認するかのように。


「動くなら今!?」

『——だね』


 返事を聞く前に駆け出した。一先ず、【セクト】に近付かなきゃ何も——


『どうする? 幾ら斬っても、くっ付かれたらキリが無いよ』


 走りながらハジメちゃんを——スラリと伸びた大鎌を見た。

「——くっ付けよう」

『......へぇ?』


 ブォン——と、風圧を胸に浴びてしゃがみ込む。前方から【セクト】の胴が、全部を薙ぐように通り過ぎていく——頭の上を脚という脚が! 髪を掻き分けて!

『......可哀想に』


 一生分、鳥肌の立った体を起こして鎌を前に出す。もう【セクト】の懐——体で大きく囲われた円の中だ。


——生きナいデ、イきナイで! ダメダめだメダめ、馬鹿なンだかラ!


 円は着実に狭まっていく。

 ガサガサと忙しなく動く脚。側面の口で囃し立てながら、迫り来る黒い体。狙いを定めるように、大顎を持った頭がゆらゆら揺れる。


 加えて——後ろからは、私を打ち損ねた返しの尾が、空気を切る音が近付いていた。今にも腰に背中に、風の塊がブチ当たりそうだ。


 叫びたい逃げたい気持ち悪い。当然恐怖があった。けれど。


 すごく——腹が立つ。

 主導権はあちらにある。勝ち誇るように数百の口と頭がニタニタ笑っている。


 怒りで手が震えて、大鎌の端まで戦慄いた。

 動きたい、今すぐ。逃げるためじゃなく——殺すために。

 まだだ、まだ——言い聞かせると威嚇のような、深い息を吐いた。


「......ハジメちゃん、ごめんね?」

『......栞ちゃ』


 また大鎌を振り上げ——思いっ切り、下ろした。地面とかちあった衝撃が、肘へ届く前に【セクト】が動いた。


——ヒぎィ!

 怯えた太い声が遠ざかる。反対に、背後からはブチブチ、何か潰れる音がすぐ間近で止まった。


 今の斬撃はまだ、戻さない——代わりに、鎌を担ぎ上げながら体を捻り、振り返る。回転を、体重を、鎌に柄に乗せ——再び、振り下ろした。


——ヒッ!

 と動いた口を両断し、唇が体ごと割れた。何色ともつかない汁が、白いシャツにへばり付く——ここからだ。


 分かれた断面を見ながら、大鎌を胴と平行に持った。左の節を脚でグンと、少し退ける。


 そして——差し出した。ハジメちゃんの両端を、【セクト】の黒い肉と肉に預ける。ある種、恭しく......


「......ゴメン!」

『まっ——』

 私が手を上げた瞬間、【セクト】は二つの身を捩り——グチャン! と、盛大にくっ付いた。鎌はもちろん、勢いよく呑まれる。


 綺麗に......決まりすぎた。想像した通り、そっくりそのまま。

 よろけるように私は、二、三歩後ろに下がった。

「......ホントに?」


——ギっ......

——あッ......?


 合いの手を入れるみたいに、小さな口々が呻く。

 まだこの事態を——【セクト】の体内に大鎌がある現実を——受け入れられていなかった。彼らも、私でさえも。


——ギぃ、ぁあアアアアアアアア!


 遅れて絶叫する【セクト】より反応が遅れた、もう遅かった。


 振り向くと、禍々しい【セクト】の頭がすぐ、そこにあった。

 大きく開かれた巨大な顎。ぱくりと空いた口には、人の歯がびっしり揃っている。


「——くっ」

 腕を顔の前に構えた、ら——【セクト】は何故か、私を避けた。

 直前になって、くいっと、頭の向きを変えてみせた。


「はっ......?」

 困惑する私を他所に、【セクト】は突っ込んだ——自分の胴体へと。大鎌の埋まった箇所目掛けて、グズグズ齧り付いている。吠えながら器用に......


 気が抜けきる前に、動悸がした。

 ひなみちゃん——?

 ぐっと左の胸を押さえる。

 

「——違う、違う、違う」


 この【セクト】は。

 避けたのは、それどころじゃ無かっただけだ。私に構わなかった、それだけ......


「......戻してっ! 二つ!」


 肉と外側の斬れる音が、重なり合って一つに聞こえた。

 それを合図に、【セクト】の体は黒い砂になって流れていく。地面をサラサラと這って、足の隙間を通って......


 崩れ去る姿は、直視できなかった。したくなかった。可能性がゼロでは無い限り......


 ガシャン、と大袈裟な音がして——ようやく、顔を上げた。

 陽が沈んで、色の濃くなったアスファルトと【セクト】の残滓に囲まれた銀の大鎌は、余計にキラキラ光って見えた。


 道標みたい......

 フラフラ歩くと瞬きもまだなのに、鎌の輪郭が揺れた。古くなった黄色い街灯が、点いて消えてを繰り返しているだけだった。


 鎌の前に来ると、目を閉じた。潰れるくらい強く。

 時間を掛けて開けると——変わらずアロハシャツ姿のおじさんがいた。なんか顔を手で覆っている。


「しくしく......酷いよ、栞ちゃん......! 【セクト】の体内に入れるだなんて......おじさん長く存在し続けてきたけど、こんな仕打ちは初めてだよ......」


 いつもの声を聞くと安心して......ほーっと長い息を吐いた。


「よかった! 先に謝っといて!」

「一つも良くないよぉ、本当に......」


 おじさんの側でしゃがみ込む。言葉の割には、平気そうな顔をしてる。


「私と一緒なら、何処までも行ってくれるんでしょ?」


「......流石に対象外にしたいかな、【セクト】の体内に限っては......!」


 くすくす笑うと、おじさんの方に手を伸ばした。優しく掴んできた手は、温くも冷たくもない。鎌の時はあんなに、ひんやりしてるのに......


 先に立ち上がると、おじさんはあまり力を借りずに起き上がった。これだと私が、手を繋ぎたかったみたいだ。


 こっちから離そうとした時おじさんがそっと、囁いた。

 それは小さな声なのに、不思議とはっきり聞き取れた。遠くで車が走っているのに、近くの虫が煩いのに。


「少しだけ記憶を見たよ......あの【セクト】は違った。彼女じゃない」


「ありがとう、分かってる......ありがとう」


 まだ心配そうに、こっちを見下ろす目を見たら......気が変わった。

 繋いだままの手を、わざとっぽくブンと振って、トンネルと反対方向に歩き出す。


「早く帰ろっ」

「......そうだね」


 とっくに夜が始まっていた。暗い空に、ほんの少し残った【セクト】の欠片が昇っていく。

 

 人は死ぬと——生前、他人から抱かれていたイメージを纏う、イメージそのものになる。

 

 人らしく生きて、そのうえ人らしく思われていたなら、姿はそのままだ。

 でもそうでないと——【セクト】になって、天国みたいなものから弾かれる。地上に戻ってきてしまう。


 私の大好きな——大好きだったひなみちゃんは、いじめの首謀者の、濡れ衣を着せられた。

 もしももしも、ひなみちゃんが【セクト】として、私の前に現れたなら。


 この手で、ハジメちゃんの鎌で、私が息の根を止めてみせる。私が殺す。


 ひなみちゃんは、優しい女の子だったから。ひなみちゃんが、誰にでも笑い掛けてくれる人間だったから——


 泣き出さないように空を見た。何処か誇らしげな満月が、自分達の正面にあった。


 街の明かりも星の光も小さくて、ただただ上に向かっているだけの【セクト】の霧は、月明かりだけに照らされていた。

 その光景はまるで——月に吸い込まれているようにも見えた。


 私は、目の前の月に向かって手を伸ばすと——力強く、拳を握った。


 ひなみちゃんを受け入れなかった、天国だって必ず壊す。いつの日か——


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ