第二話 金銭金銭六文銭! ①
日当たりのいい自習室は、清々しいほど人気がない。
理由は簡単、日当たりが良すぎるせいだ。
地下一階、地上四階の学校の、最上階。その半分を占める自習室の、そのまた半分の屋根と壁はガラス張りになっている。
比喩抜きで、ほぼ温室。まだ五月なのに旧式のやたらでっかい空調が、ガーガーうるさくフル稼働している。
当然、環境保護に関心のある子には目の敵にされてるし、秋穂は見学の時「紫外線!」と小さく叫んでからは近づこうとすらしない......
そんな訳で、私と荻原さん改め七乃果が使ってるテーブル以外は空っぽだった。
他の子は多分、自習となると空いてる教室を借りたり、ファミレスに行ったりしてるんだろう。
好都合と言えばそうだった。
事情は聞いてないけれど、七乃果は同級生と何かあったみたいだし。二人で勉強するのも悪くない。
テキストを読むのを止めて、対面でシャーペンを走らせている七乃果を見た。
縁の細いメガネに、肩につかない明るい茶髪。水色のレトロなワンピースがすごく似合っている。
いつものTシャツにジャージの私がここにいると、ガラス張りがジムか市民プールのソレに見えるのに、七乃果は全っ然違う。
年季の入った自習室のはずが、昔ながらの喫茶店とか、図書館にいるみたいで......
なんて言うんだっけ、こういうの......
そう、とっても——静謐だ。
......七乃果の邪魔をするのはよくない。視線を外すと外に向けた。
快晴中の快晴。雲一つ無い空——そのはずが、何かが飛んでいる。窓のすぐ側を、ヒラヒラ通るそれは——
バン! と机を叩いて、立ち上がる。
「お金が飛んでるっ!」
「へぇえあっ!?」
「ほら、あそこにも!」
私が指差した先にも、お札がふわふわ舞っていた。五千円札っぽい物が、さっきと同じ方向に向かって——
「......私には、見えないけど......」
......七乃果の言葉を聞いて、私はゆっくり席に着いた。
「ごめん、大騒ぎして......」
確かに、私には見えた......十中八九【セクト】絡みだろう。
「......多分葉っぱとか、ゴミを見間違えたんだと思う! 余計なこと考えてないで、勉強しないと......」
「しおちゃん......」
少し困ったような表情を浮かべた七乃果は——引くどころか、前屈みになって机の上で手を組んだ。
「あのね、しおちゃん」
「う、うん......」
私が返事をすると、七乃果は頷いた。よろしい、といった様子で。
「もしもお金のこととか、バイトのことで困ってたらね、子供でも相談出来る場所はたくさんあるよ。法テラスとか、他にも......よかったら調べてみてね」
「あ......ありがとう......」
◇◇◇
「へぇ......随分としっかりしたお友達だね」
公園の東屋の中。おじさんはベンチの端に座って、野球をしてる子供達を見ている。
テーブルに肘もついてるし、聞いてるんだか聞いてないんだか分からないと思ってたけど......まあまあ真剣に聞いてたみたいだ。
「しっかりしてる子、周りに結構多いかも......秋穂はちゃっかりって自分で言ってたけど......」
一応、テーブルに置いたスマホに向けて喋ってたら、おじさんは視線だけこっちに投げ掛けてきた。
「......しっかりしないといけなかったんじゃ、ないといいんだけどね」
「それ......普通にしっかりしてるのとどう違うワケ?」
「何処のご家庭にも、頼れるハジメちゃんがいるとは限らないってことさ」
言い終えるとおじさんは銀色の目を瞑って、ウィンクを寄越してきた。
スッと体をずらして避けたついでに、トートバッグから白いリボンを引っ張り出した。
「見て、じゃーん!」
「......リボン? 髪でも結ぶの?」
「これをお札に結んで、飛んでいくのを追っていけば《セクト》の場所が分かるんじゃないか、と思って!」
「なるほど、なるほど......」
頷くおじさんは、本当に感心した顔をしてる。忌々しいことに、とても珍しく......
「前に蜂の巣を特定する動画見たの思い出したんだよねー」
「インターネットって、本当に何でもあるんだねぇ......」
お爺さんみたいなことを言ってるおじさんを無視して、またゴソゴソ財布を取り出した。
乱暴に広げて、ひっくり返すと音がした。コロン、とだけ。
木製のテーブルに載っているのは、五百円。のみ。
「......栞ちゃん、紙幣の方は......?」
「無い......朝、もなポルド買っちゃったから......」
「そう言えば食べてたね、ちょっと高いアイス......あぁ! リボンも買ったからお金が無くなっちゃったんだね!」
「......」
「......栞ちゃん?」
黙っているとおじさんは首を少しだけ傾けた。亜麻色の髪がサラサラ、風に揺られている。
「......リボン、学校の作業準備室から、ちょーっとだけ貰ってきちゃった」
「おや、まあ......用途としては、うん......」
私は敢えて顔を上げて、おじさんの目を見た。これ以上なく、真面目な顔で。
「ハジメちゃんこういう時はね、ちゃんと聞くまで! 問題じゃ、ないの!」
おじさんは死神とは思えないくらい自然に肩を竦めると、目は一切逸らさずに話し出した。
「......確信犯って、こういう時に使えるんだっけ? それとも誤用の方かな?」
「さあね!」




