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冴鬼奇譚  作者: 山田太朗
8/12

視点――冴鬼優作

 朝焼けの歌舞伎町で、カラスが残飯をつついている。その隣には下着が見えているというのに、死んだように眠るミニスカートの酔っ払いがいる。反対車線ではホストが女の髪をつかんで何事か叫んでいる。女は泣いている。男も泣きそうな顔をして女を殴る。それを見守るヤクザ者が(わら)っている。いつものくそったれな歌舞伎町で、何故か優作は安心した。頬杖をついて外を見ると、目に入るのはそんな世界ばかりで厭になる。優作自身も汚れているんだと突きつけられているようだ。

「そこでいいです」

「はい」

 区役所通りから歌舞伎町に入り、風林会館の手前でタクシーから降りる。ここまで車で来なかったのは、ナンバーを知られたくないというのもあるが、タクシーの方が早いからである。

 手前から一本裏に入ると、そこはぎらついたネオンに壁面に大きく貼り付けてあるホストの顔写真。それに群がる水商売然の女と、夜行性独特の青白い顔色をした男たち。とても朝の七時前とは思えないが、ここは朝通りという名の通り、朝営業をしているホストクラブだらけの通りだった。もちろん違法ではあるが、それを咎める警察官はいない。この街での法とはヤクザなのだ。暴排(ぼうはい)の実態は、冴鬼家の優作だけでなくこの街に住む人間であれば誰でも知っている。

 店の前でキャッチをしていたホストが優作を見つけると頭を下げる。仕事柄ホストに知り合いは多い。それに、彼らはいい情報源にもなる。歌舞伎町に流れるのは噂話が大半だが、真実と同義であることが多い。それらを拾い集めるのは優作が仕事をする上で重要なファクターだった。だからこそ可能な限り時間を作り、彼らとの立ち話に割く。

 だが、今日はもちろんそんな時間はない。手を挙げるだけにして腕時計を見ると、もう千葉が指定した時刻に近い。酔っ払いとキャッチの間を抜け、朝通り中ほどにある、ひと際豪華な装飾を施した店に着いた。ホストクラブ、ファムファタール。千葉の店だ。大層な店名だが、本来の意味とはほど遠い。

 両開きの扉を開くと、店のボーイが深々と頭を下げ「申し訳ございません、本日は貸切となっております」と言った。予感は確信に変わりつつある。美作程度がいるだけで貸切なんてするはずがないからだ。舌打ちをぐっと堪え「俺だ」とだけ言うと、ボーイが顔を上げた。

「あ、優作さんでしたか。すいません、オーナーもお待ちです」

「オーナー『も』とは?」

「すいません、それは俺の口からは勘弁してください」

「分かった、VIPだったな」

「はい」


 店を抜けながら視線をいたるところに向ける。店内は明るく、音楽もかかってはいるが、客は誰もいない。それどころか、ホストもボーイですらも見かけない。いるのは一目でわかるヤクザ者と、一目では分からないヤクザ者だけだ。前者は美作組の連中だろう。後者の連中の所属を確認するため、彼らの前ではゆっくりと歩いたが、当然見える場所にバッチなんてついていない。

 嫌な予感が確信に変わりつつあった時には、もうVIPルームに続くドアに着いた。そこにいたSP気取りの屈強な男が優作の身体をまさぐる。美作組の連中ではない。見たこともないのはもちろん、たかが四次団体の組長に会うためにこんな執拗なボディチェックなど必要ないからだ。優作の五感が危険を告げるように反応している。しかしここで引き返すわけにはいかない。一呼吸入れてノックをする。

「お待たせしました。山下です」

 仕事に使っている偽名を告げると、すぐに声がした。

「おう、入れ」

 千葉の声だ。どことなく緊張しているとドア越しでも理解できた。這い寄るような違和感が確信へと変わる。

「失礼します」


 ドアを開き、下げた頭を戻すとまず左右に座る千葉と、美作が目に入った。真ん中に座っている男を見たことがあった。当然だ。

「呼び出してしまいすみませんでした、山下さん」

 丁寧な物腰。一目で分かる上等なスーツ、ぴかぴかの革靴。夢であってほしかったがどうやらこれは現実らしい。優作の目前には、ヤクザ者であれば誰もが知っている王朗会次期会長である富嶽(ふがく)(あつし)が座っていた。


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